全 情 報

ID番号 05629
事件名 地位保全仮処分申立事件
いわゆる事件名 日本大学付属練馬光が丘病院事件
争点
事案概要  A病院の経営主体の変更にともなって、旧経営主体の従業員であった者が、新経営主体との間での従業員たるの地位の保全を求めて仮処分を申請した事例。
参照法条 労働基準法2章
体系項目 労働契約(民事) / 労働契約の承継 / 新会社設立
裁判年月日 1991年12月9日
裁判所名 東京地
裁判形式 決定
事件番号 平成3年 (ヨ) 2224 
裁判結果 却下
出典 労働判例600号47頁
審級関係
評釈論文
判決理由 〔労働契約-労働契約の承継-新会社設立〕
 債務者は、病院経営を引き受けるに当たり、同年三月六日付けで、練馬区に対し、「【1】B病院の医療活動に携わるすべての医師、職員について、平成三年三月三一日付けをもって退職手続を完了し、同日までに有している労働契約上の権利・義務を清算すること、【2】右の職員等が新たに債務者の教員及び職員として雇用されることを希望する場合には、債務者が所定の手続を経て採用を決定するが、役職者についての役職は継承しないこと。」を条件として提示した。練馬区医師会が同年三月八日付けでした前記解雇は、練馬区に対する右提示を踏まえたものである。〔中略〕
 病院の経営者が練馬区医師会から債務者に代った時点での患者に対する医療行為が全体としても個別的にも一貫していること、練馬区医師会と債務者との間で医療の引受けに関する覚書が作成されていること、練馬区医師会が都知事に対してした病院の廃止届に「病院経営主体の変更のため」と記載されていること、練馬区医師会が認可を得ていた病床数がそのまま債務者に引き継がれていることは、一日の空白も許されない医療の特質或いは医療行政上の要請によるもので、いずれも、練馬区医師会と債務者との間で有機的一体としての病院の営業譲渡或いは練馬区を通しての賃貸が行われたことの根拠とはならない。病院の建物や医療機器等がそのまま存続し、そこでの患者に対する医療行為が経営主体の変更の前後を通じて一貫しているからといって、新旧経営者の意思表示の如何に拘らず、両者の間に雇用関係を含む営業の譲渡契約が締結されたものと看做すこともできない。
 2 更に、債務者が、練馬区医師会或いは練馬区に対して、B病院に勤務していた医師、職員らを新たな労働契約の締結の有無に関わりなく承継することを約定したことを疎明する資料はなく、かえって、債務者がこれとは反対の意思を表明していたことは、前記一3のとおりである。債権者らは、債務者が新たな労働契約の締結による医師、職員の採用の意向を表明すると共に「ただし、役職者についての役職は承継しない」と明示していることを捉えて、「役職以外の条件は当然に承継する趣旨としか解し得ない」と主張するが、どうみても理解することは不可能である。
 3 もっとも、練馬区医師会が、B病院の経営を廃止するに当たり、職員らの雇用の保障に重大な関心を持ち、練馬区に対してその旨を申し入れ、債務者も、練馬区の申入れを受けて、新たな労働契約の締結に応じた者については債務者の教員、職員として雇用することとし、そのための募集を行い(債務者による職員の募集は、当裁判所の示唆により、本件仮処分申立て後の審尋中にも追加して行われた。)、募集に応じた職員の殆どとは新たに労働契約を締結し、しかも、従前の労働条件を急激に切り下げないための経過措置まで用意していたのであるから、あくまで従前の労働条件に固執する債権者らをその要求どおりの条件で雇用しなかったからといって、問題とするには当たらない。
 また、練馬区医師会や練馬区の関係者が、債権者らに対して、「雇用の保障」とか「雇用の継続」という表現をしていたからといって、労働契約の締結という新たな法律行為の介在を待つまでもなく、法律上当然に、債権者らと練馬区医師会との雇用関係がそのままの内容で債務者に継承されることを確約していたと解することはできない。
 4 右のとおり、練馬区医師会と債務者との間で、直接にはもとより練馬区を通して間接にも、債権者らとの雇用関係を含むB病院の営業の譲渡或いは賃貸が行われたものということはできないが、更に、本件解雇は、八五億円を越す多額の負債を抱えて病院経営に行き詰った練馬区医師会が、病院経営を廃止して建物を練馬区に売り渡すに際し、就業規則の定めに基づいて行ったもので、練馬区医師会自体の存立の危険を考えると、やむを得ないものというべく、解雇権の濫用に当たり無効であるということはできない。また、本件では、練馬区医師会としての病院経営自体が廃止されるもので、余剰人員を整理した上で存続するというわけではなく、整理基準の合理性とか被解雇者の選択なども問題とはなり得ないものであるから、たとえ、練馬区医師会としては本部や健康センターを抱えていてそこに幾許かの職員を吸収する余地が絶無ではなかったとしても、三〇〇名を越すB病院の全従業員に対してされた本件解雇の全部が、いわゆる整理解雇の要件を欠くために無効であると解することはできない。
 そのほか、本件に現われた全資料を斟酌しても、練馬区医師会による医師、職員らの解雇が単なる形式的なもので法律上の効力を生じないものであるとか又は何らかの脱法行為であって無効であることを疎明すべきものは見当らない。
 5 なお、練馬区医師会がした解雇の効力は、平成三年三月三一日が経過する同日の午後一二時に発生するもので、翌四月一日に発生するわけではないから、債権者らが主張するように、債務者は解雇の効力が発生する四月一日よりも前に病院の新経営者となることによって練馬区医師会の現従業員であった債権者らとの雇用関係を承継したなどと解する余地はない。
 四 以上のとおりであって、債権者らの主張はいずれも採用に値しないもので、債権者らが債務者に対して労働契約上の権利を有するということはできず、債権者主張の被保全権利の存在はその疎明なきに帰するから(保証をもって代えるのは相当でない。)、債権者らの本件申立てをいずれも却下する。