全 情 報

ID番号 05674
事件名 行政処分取消請求事件
いわゆる事件名 倉敷労働基準監督署長事件
争点
事案概要  建築請負人に雇用されている大工が建築工事現場で就職依頼に来た男に侮辱的な言辞を浴びた等の理由で同人とけんかになりその者から暴行を受けて死亡した事故が業務上にあたるか否かが争われた事例。
参照法条 労働基準法79条
労働者災害補償保険法7条1項1号
労働者災害補償保険法12条2の2
体系項目 労災補償・労災保険 / 業務上・外認定 / 暴行・傷害・殺害
労災補償・労災保険 / 補償内容・保険給付 / 保険料の怠納、労働者側の重過失等による給付制限
裁判年月日 1967年4月26日
裁判所名 岡山地
裁判形式 判決
事件番号 昭和39年 (行ウ) 4 
裁判結果 認容
出典 労働民例集18巻2号499頁/訟務月報13巻9号1069頁
審級関係 上告審/05156/最高一小/昭49. 9. 2/昭和45年(行ツ)58号
評釈論文
判決理由 〔労災補償・労災保険-業務上・外認定-暴行・傷害・殺害〕
 ところで、労災保険法にもとづく遺族補償費および葬祭料の保険給付は、労働基準法第七九条、第八〇条に定める「労働者が業務上死亡した場合」になされるものであり、これに該当するためには、労働者が一般的に使用者の指揮命令に基づく支配下にある状態において勤務するに際し、これと相当因果関係のある事故に起因して死亡することを要するもの、と解するのが相当である。
 そこで、亡Aの死亡が、この場合にあたるかどうか考えてみよう。前記認定事実でも明らかなように、本件は労働者がその担当業務外の行為遂行中に、災害を受けた場合である。かかる場合、それが業務上であるのか、あるいは業務から離脱しているものであるのかを認定するにあたつては、単に被災者の内心面につき考察するだけでは足らず、さらに行為の雇傭契約に対する客観的価値をも考察したうえ、後者に重点をおきながら右両者を相関的に考察しながら判断してゆくべきである。けだし、そもそも雇傭契約で労働者に期待されている労務の給付は、労務という外形的行為が一般的に使用者の指揮命令に基く支配下におかれたと客観的に認められる限り、その提供があつたと考えるべきであり、その際労働者の内心が如何であつたかまで問うところではないからである。そして、この行為が使用者の支配下にある場合とは、原則的には、使用者から担当を命ぜられた業務の遂行ということになろうが、それ以外にも、当該行為が企業の運営上通常期待される合理的行為とみなされる場合も含むと解される。もっとも、この担当業務外の業務の遂行については、労働者が内心の誠実性をいちじるしく欠如したり、業務上の注意義務をいちじるしく懈怠したような場合には、業務を離脱すると考えるべきである。しかし、その場合においても、労働者災害補償保険法にもとづく遺族補償費の保険給付が、業務上死亡した労働者の収入に依拠していた遺族の生活保護を目的としていること、さらに、同法によれば、死亡労働者が事故発生につき故意または重大な過失があるときでさえも、「業務上の死亡」の認定を妨げないとしていること(同法第一九条の反対解釈。この場合、政府は裁量により保険給付しないことができるだけである。)、そして、これらの法理は労働基準法についても同様に解されること、等の趣旨にかんがみれば、この内心面にもとずく業務離脱はきわめて慎重に認定すべきである。すなわち、内心面の不信義性がいちじるしく高いうえ、客観的に考察しても業務性がうすい場合にかぎり、業務外と認定すべきである。
 そこで、亡Aの死亡につき考えてみよう。
 (一) まず亡Aの内心に注目しながら、その行動を考察してみよう。Bが屋根現場にいる亡Aを呼びつけた動機は、友だちのよしみから同人の仕事に手を貸してやりその過誤まで教えてやつたのに、かえつて同人からは自分の技量をこきおろすようないやみを言われたと立腹し、同人に謝罪させようと考えたからである。そして、亡Aにおいても、Bのこの気持を察知して、これは多分いいがかりをつけられるようなことになろうかと考えながら、同人のいるところまで降りて来たのである。そして、Bのふんげきをやわらげようとの気持などは毛頭なく、売られた喧嘩なら買つてもよいというような気持からいかにもBを嘲笑した態度で応接したであろうことは、前記認定事実からうかがわれるところである。そして、このような亡Aの応接態度が、Bの性癖に油をそそぐことになり、はじめは亡Aが謝罪しさえすればよいと考えていたのを、ついに暴力沙汰をひきおこさなければ気持がおさまらないまでにしたのである。したがつて、このような動機から亡AがBから暴行を受けた事実を評価するかぎりでは、亡Aは屋根現場におけるC組の業務たる大工作業を恣意で離脱し、その際私的斗争をして受難した、と認める余地がないではない。
 (二) けれども、亡Aの行為を外部的客観的に考察してみるならば、そこには相当はつきりした業務としての定型が認められる。すなわち、前記認定事実によれば、Bは亡Aの言動にひどく立腹しており、同人には言うだけのことは言つて謝罪させるなど、とにかくうつぷんが晴らされるまでそこから離れる気持はなかつたし、ことに同人の性癖をもあわせ考えるならば、亡AがBの呼びかけにも応じないでそのまま大工作業を継続していたならば、同人はますますげきこうし、自分の方から出入りの自由な階段をのぼつて屋根現場の亡Aのかたわらにまでやつて来て、同人に難詰したりからんだりはては暴行まで加えかねないことになろうことは、容易に想像できることであつた。そして、もしそういうことにでもなれば、亡Aの大工作業が妨害されるだけではなく、さらには同じ現場に居合わせた他の大工らの作業にも支障を来たしたり、喧嘩のために作業現場がふみ荒されて損傷したかも知れないのである。
 このように、C組にとつては、Bは外部から作業現場に侵入してその業務遂行を妨害しようとする者であるから、その業務遂行を支障なからしめるためには、このような者が作業現場に侵入するのを許してはならないのである。そして、屋根現場のように外部からの出入りを阻止する設備のないところでは、従業員らが実力をもつて立入りを阻止するか、あるいは従業員の方から外部に出向いてこれと応接し、退散するようにしむける必要がある。そして、このような業務は本来ならば作業現場の現場監督者であるDかC組の大工世話役であるEが、果すべきであろう。しかし、その両者いずれも居ないときには、Bと顔見知りであつてしかも同人を呼びこむ原因をつくつた、亡Aにおいてこれを果したところで、かならずしも企業者の意思にもとるものではない、と思われる。したがつて、亡AがBからの呼びかけに応じて屋根現場における大工作業をはなれ、同人と応接した行為を客観的に評価するならば、業務としての定型を十分認めることができる。
 (三) そして、亡Aの行為が、客観的には右に考察した程度に業務としての定型が認められる以上、さきに考察した私的意思や業務不誠実性の存在をもつて、業務離脱があつたと考えることは相当でない。また、Bには呼びつけた当初は暴行する意思まではなく、それを暴行まで決意させるに至つた直接の動機は、前述のように亡Aの相手を嘲笑したような応接態度にあつたのではあるが、Bのふんげきと日頃からの性癖からすれば、たとえ亡Aが誠実に応接していたとしても、その巧拙如何によつては本件のような不詳事にまで発展するであろうことも予想されないわけではなかつたから、業務と被災との間の相当因果関係も認めることができる。
〔労災補償・労災保険-補償内容・保険給付-保険料の怠納、労働者側の重過失等による給付制限〕
 亡Aの死亡は、業務上死亡した場合にあたると解され、そして前述の応接態度の不誠実さは、事故発生についての重大な過失と考えて、これは政府において裁量により保険給付をしないための理由となるにすぎない、と解すべきである。