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ID番号 05683
事件名 損害賠償請求控訴事件/同附帯控訴事件
いわゆる事件名 極洋事件
争点
事案概要  ウインチコントローラーを操作してバラスト角氷を海中に投棄する作業に従事していた労働者に生じた死亡事故につき、遺族が使用者に対して、損害賠償を請求した事例。
参照法条 労働基準法84条2項
民法715条
体系項目 労災補償・労災保険 / 損害賠償等との関係 / 労災保険と損害賠償
労働契約(民事) / 労働契約上の権利義務 / 安全配慮(保護)義務・使用者の責任
裁判年月日 1974年9月25日
裁判所名 東京高
裁判形式 判決
事件番号 昭和46年 (ネ) 1835 
昭和46年 (ネ) 1989 
昭和48年 (ネ) 1264 
裁判結果 棄却,附帯控訴認容(確定)
出典 高裁民集27巻4号357頁/東高民時報25巻9号153頁/タイムズ320号161頁
審級関係
評釈論文
判決理由 〔労働契約-労働契約上の権利義務-安全配慮(保護)義務・使用者の責任〕
 本件事件の発生が空モツコの返る前に安全確認の注意義務を怠つて艙口直下に出たAの過失にも基因するものであることは、右引用の原判決説示のとおりであるが、しかし、Aに右のような注意義務が課せられていたからといつて、本件作業実施の実情等からすれば、本件作業時における事故の発生を未然に防止するためには、たんにAの前記注意義務に期待するだけでなく、直接本件作業の指揮、監督に当つていたBとしても万全の注意義務をつくすべきであつたものといわなければならない。すなわち、本件作業の手順および実施の情況ならびに本件事故発生時の模様等は、前記引用の原判決説示のとおりであつて、これによれば、本件作業の責任者として直接その指揮、監督に当つていたBとしては、艙内各作業員に対して空のモツコが艙内に返るまでは艙口直下に出ないように一般的な注意を与えていたものの、なお、時には艙内作業員がみずからの判断で艙口下に出ることをも黙認していた状況にあつたのであるから、かかる状況下において事故防止の万全を期するためには、前記引用の原判決説示のとおり、艙内作業員各自の判断に任かせて艙口直下に出る安全な時期を確認させるだけでなく、本件作業の指揮、監督者たる立場から常時艙口付近に監視員を置き適宜艙内作業員に安全な時期を知らせる処置をとらせること等によつて作業員が安全な時期までは艙口下に出ないように措置して、事故の発生を未然に防止すべき注意義務があつたものといわなければならないのである。しかるに、Bは、この注意義務を怠り、艙内作業員がみずからの判断で空のモツコが艙内に戻る前に艙口下に出るのに任かせていたところから本件事故が発生するにいたつたものであるから、本件事故の発生がAの過失だけに基因したものとはいえず、右Bの過失もまた一半の原因となつたものといわざるをえないのである。したがつて、第一審被告の右主張は当らない。
〔労災補償・労災保険-損害賠償等との関係-労災保険と損害賠償〕
 右労働基準法第八四条第二項に相当する規定は船員法(右労働基準法の規定が設けられたのち、船員法の規定につき数次にわたる改正の機会があつたのにもかかわらず)には設けられていない。
 しかしながら、右船員法に基づく災害補償額または保険給付額等は民法上の不法行為にもとづく損害賠償額にくらべて概して低額であること(例えば、船員法第九三条および第九四条参照)および右船員法上における災害補償額が右労働基準法上におけるそれにくらべてそれ程大差のないことが右両法における災害補償規定を対比して明らかであること(例えば、労働基準法第七九条、船員法第九二条参照)などから考えると、船員法において船舶所有者に災害補償責任を認めたからといつて、これによつて、船舶所有者について-その立法の趣旨、成立要件および効果等を異にする-民法上の不法行為の成立までを否定し、あるいはその不法行為にもとづく損害賠償責任までも免除したものではないと解するのが相当であり、この意味において船員法上の災害補償責任と民法上の不法行為にもとづく損害賠償責任とは、ともに船員について生じた災害による損失を填補するという機能を果すものであつて、いわば競合的に相互補完的関係にあるものといわざるをえないのであり、船舶所有者ないしは使用者が災害事故について災害補償を行なつた場合においては、同一の災害事由については、その価額の限度において民法による損害賠償責任を免れるのは当然のことであつて、前記労働基準法第八四条第二項の規定は、この当然の事理を注意的に規定したのにすぎないものと解すべきであつて、船員法に右労働基準法第八四条第二項に相当する規定が設けられていないからといつて、このことを根拠として、船員法においては災害補償責任と民法上の不法行為にもとづく損害賠償責任との競合を認めない趣旨であると解するのは正鵠をえないものといわざるをえないのである。
 そうすると、船員法第九五条の規定により災害補償責任のほかには民法上の不法行為にもとづく損害賠償責任を負担しないとする第一審被告の前記主張も採用することができない。