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ID番号 05729
事件名 取立金請求上告事件
いわゆる事件名 大成クレジット事件
争点
事案概要  企業内での低利の金融につき賃金と相殺された労働者が、右相殺を無効として不払い分を請求した事例。
参照法条 労働基準法24条1項
民法505条
民事執行法152条
体系項目 賃金(民事) / 賃金の支払い原則 / 全額払・相殺
裁判年月日 1990年12月10日
裁判所名 東京高
裁判形式 判決
事件番号 平成2年 (ツ) 48 
裁判結果 棄却
出典 東高民時報41巻9-12号103頁/タイムズ768号124頁
審級関係 控訴審/05457/東京地/平 2. 7.17/平成2年(レ)26号
評釈論文 堀龍兒・判例タイムズ778号34~37頁1992年5月1日
判決理由 〔賃金-賃金の支払い原則-全額払〕
 労働基準法が賃金の全額を労働者に支払うべきものとし(二四条一項本文)、その違反につき罰則を定めているのは、労働者が現実に賃金全額を得てその日常生活を保持できるよう確保する趣旨であるから、労働者の賃金債権を受働債権とし、使用者がその労働者に対して有する債権を自働債権として相殺することは本来許されないものであり、ただ法令に別段の定めがあるか、又はその使用者が支配する事業場の労働者の過半数で組織する労働組合あるいは労働者の過半数を代表する者との書面による協定がある場合においてのみ、賃金の一部を控除して支払うことができるものである(同条同項但し書)。使用者による相殺が、当事者間の相殺予約に基づき、かつ、相殺の都度労働者の確認的同意を得て行われるものであっても、事実上それが労働者の自由な意思に基づくものであるかを確認することは困難な場合が多く、脱法的行為を誘発する虞れがあるので、使用者による一方的相殺と同様、本来許されないものと解すべきである。
 もっとも、相殺予約が労働者の完全に自由な意思に基づいて行われたものであり、かつ、そのことが客観的事情から合理的に認められるときは、その相殺予約に基づく相殺を有効として取り扱う余地があると考えられるが、本件においては、原審でそのような事実は何ら立証されていないのであるから、上告人の主張は、結局、理由がない。〔中略〕
 債務名義に基づく強制執行においては、賃金債権の差押え及び取立て又は転付が認められている。それは、差押え債権の存在及び内容が公的に確認されているからであるが、その場合においても、私法の側面での労働者の賃金債権処分の自由と債権者の利益を保護する一方、賃金は本来その全額を直接労働者に支払われるべきものであるという労働者保護の強い要請との調整を図る趣旨から、賃金債権の差押えは法令の定める限度内に制限されているのである。本件のように使用者による賃金債権との相殺をあらかじめ容認する趣旨の相殺予約は、労働者による賃金債権処分の一形態とみられるが、自働債権の存在及び内容は何らの公的確認を経たものではないばかりか、差押えの場合のような法律上の制限もなく、労働者の側としては、予約を不当に実行される虞れが大であるのにその効力を争うのは一般に容易ではなく、法的手続をとったとしてもその期間中生活保持が危うくされることは明らかであって、かくては、労働基準法二四条一項の目的は達せられないこととなる。
 このように考えると、上告人主張のように、いったん差押えがあった後は差押えが認められる限度で相殺ができるようになるとか、あるいは、労働者に対して貸付金債権を有する使用者は差押債権者に対して優先的地位にあるとか解することはできないといわざるをえない。