全 情 報

ID番号 05844
事件名 地位保全仮処分申立事件
いわゆる事件名 三和機材事件
争点
事案概要  和議手続き中に、営業部門を独立させ新会社が設立されたのに伴い、そこに転籍出向を命じられた従業員がそれを拒否して懲戒解雇され、その効力を争った事例。
参照法条 労働基準法2章
体系項目 配転・出向・転籍・派遣 / 出向命令権の根拠
配転・出向・転籍・派遣 / 転籍
裁判年月日 1992年1月31日
裁判所名 東京地
裁判形式 決定
事件番号 平成3年 (ヨ) 2267 
裁判結果 一部認容,一部却下
出典 時報1416号130頁
審級関係
評釈論文 伊藤博義・労働判例百選<第6版>〔別冊ジュリスト134〕72~73頁1995年5月/佐藤敬二・民商法雑誌108巻4・5号761~770頁1993年8月/緒方桂子・労働判例百選<第7版>〔別冊ジュリスト165〕82~83頁/藤川久昭・ジュリスト1051号123~125頁1994年9月1日
判決理由 〔配転・出向・転籍・派遣-出向命令権の根拠〕
〔配転・出向・転籍・派遣-転籍〕
 一方が実質的には独立の法人と認められないような場合はともかく、本件のように二つの実質的にも独立の法人格を有する会社の間においては、いかに前記のように労働条件に差異はなく、人的にも、資本的にも結び付きが強いとしても、法的に両会社間の転籍出向と一方の会社内部の配転とを同一のものとみることは相当でなく、転籍出向を配転と同じように使用者の包括的人事権に基づき一方的に行ない得る根拠とすることはできないというべきである。
 また、これを実質的な面からみても、労働契約関係にあっては、労働者は継続的に労務を供給することによってその対価として賃金を得ていくのであるから、仮に転籍出向時点での労働条件に差異はなくとも、将来において両会社の労働条件に差異が生じる可能性があるとすれば、労働者にとってはどちらの会社との間に労働契約を締結するかということは転籍出向時点でも非常に重要な問題であり、そういう問題の生じない配転とは同一に扱うことはできない。
 これを本件についてみるに、前記認定事実からすれば、新会社設立時点においては両社の間には労働条件については差異はないといえるが、前記認定のように、会社は組合との団交の過程で、組合側の三年位は新会社の労働条件の最低基準を会社と同じにして欲しいという要求をあくまでも拒否していることからしても、三年先程度の近い将来においてさえ新会社の労働条件が会社のそれを下回らないという保障のないことは明らかであり、また、両社の間には資本金の額だけではなく両社の主たる業務の種類の相違から資産の内容にも差異があることが明らかであることからすれば、いかにA会社が和議中の会社であったとしても、それだけで新会社の方が経済的に安定しているとはいえず、労働者にとっては両会社は実質的に同一であるとはいえないし、使用者の変更に不利益がない等とは到底解することができない。
 したがって、以上いずれの面からみても、本件転籍出向を配転と同様に解すべきであるとする会社の主張はとり得ない。
 次に、会社は、本件を配転ではなく出向とみるとしても、就業規則(出向規定を含む)において、転籍出向を含めて「会社は業務の都合により配置転換、転勤、応援、派遣、出向を命ずることがある」(就業規則一七条)「本規定は、就業規則第一七条の【4】に基づく従業員の出向(転籍も含む)の取り扱いについて定める」(出向規程一条)と定めているのであって、これら就業規則の規定は、債権者との間の労働契約の内容になっているのであるから、本件転籍出向については債権者の包括的同意があるといえるのであって、右包括的同意の外に個別的な同意は必要としないと解すべきであると主張する。〔中略〕
 前述のように、転籍出向は出向前の使用者との間の従前の労働契約関係を解消し、出向先の使用者との間に新たな労働契約関係を生ぜしめるものであるから、それが民法六二五条一項にいう使用者による権利の第三者に対する譲渡に該当するかどうかはともかくとしても、労働者にとっては重大な利害が生ずる問題であることは否定し難く、したがって、一方的に使用者の意思のみによって転籍出向を命じ得るとすることは相当でない。
 ただ、現代の企業社会においては、労働者側においても、労働契約における人的な関係を重視する考え方は希薄になりつつあり、賃金の高低等客観的な労働条件や使用者(企業)の経済力等のいわば物的な関係を重視する傾向が強まっていることも否定できず、また使用者側においても企業の系列化なくしては円滑な企業活動が困難になり、ひいては企業間の競争に敗れ存続自体が危うくなる場合も稀ではないことからすると、いかなる場合にも転籍出向を命じるには労働者の同意が必要であるとするのが妥当であるか否かについては疑問がないではない。しかしながら、希薄になりつつあるとはいえ労働契約における人的関係の重要性は否定することはできず、また契約締結の自由の存在を否定することができない以上、右のような諸情勢の下にあってもなお、それが常に具体的同意でなければならないかどうかはともかく、少なくとも包括的同意もない場合にまで転籍出向を認めることは、いかに両社間の資本的・人的結びつきが強く、双方の労働条件に差異はないとしても、到底相当とは思われない。
 本件の場合においては、両社の間には右物的な関係においても差異がないとまではいい難いうえに、債権者は本件転籍出向につき具体的同意はもちろん包括的な同意もしていなかったのであるから、右同意を得ないでした会社の本件転籍出向命令は無効という外はない。