全 情 報

ID番号 05862
事件名 遺族補償年金等不支給処分取消請求事件
いわゆる事件名 田辺労働基準監督署長事件
争点
事案概要  請負ないし常傭の形態で潜水作業に従事していた者の潜水中の脳挫傷による死亡につき、労災保険法の適用を受ける労基法九条の労働者に該当しないとされた事例。
参照法条 労働基準法9条
労働基準法11条
労働者災害補償保険法1条
体系項目 労災補償・労災保険 / 労災保険の適用 / 労働者
裁判年月日 1991年10月30日
裁判所名 和歌山地
裁判形式 判決
事件番号 平成1年 (行ウ) 5 
裁判結果 棄却
出典 訟務月報38巻6号1061頁/労働判例603号39頁
審級関係
評釈論文
判決理由 〔労災補償・労災保険-労災保険の適用-労働者〕
 八 まとめ(労働者に概当するか否かの判断)
 1 以上認定の事実に基づき、Aが労働者災害補償保険法の適用を受ける労働者であるか否かにつき検討するに、同法には、その適用を受ける労働者についての定義規定がないが、労働基準法に規定する労働者と同一のものをいうと解されるところ(この解釈については当事者間に争いがない。)、同法九条の労働者の定義規定に同法一一条の賃金の定義規定を併せ考えると、同法にいう「労働者」とは、労務提供の形態や報酬の労務対償性その他これに関連する諸要素を総合考慮した上で使用従属性の有無により決すべきである。
 2 これを本件についてみると、本件事故当日の作業も含めた「常雇」の作業については、B会社の現場監督が作業中に萬男に指示を与えることがあり(前記三2、3)、また、Aの作業内容(前記三4)、作業時間(前記四1)、作業場所(前記四3)が右現場監督との打合せにより決定され、右現場監督がその決定の主導性を有していた側面があるので、注文主が予め包括的な指示を与えるだけで、請負人の裁量に日々の工事が委ねられた典型的な請負契約(本件では「請負」の作業がこれに当たる)とは異なっているといえる。
 しかし、「常雇」の場合でも、Aは、潜水作業の具体的な遂行方法についてまで、右現場監督から細かい指示を受けていたものではなく、その作業の専門性からAの裁量に任されていた面も強く(前記三4)、作業中に右現場監督からAに対してなされた直接的な指示は、たまになされた危険に対する注意喚起(前記三3)と、Aからの海中の状況についての連絡に基づいた上での作業中止の指示(前記三2)であり、健康管理や潜水時間の管理はAに任せられていた(前記三5)。
 また、作業時間の拘束性について、Aは、会社に出勤した上での出勤簿の記載まで要求されず(前記四2)、B会社の一般従業員ほど厳格な取扱いを受けていたものではなく、当初の見積書により予定された作業以外の作業に従事させられることもなく(前記四4)、見積書の範囲内での労務提供の代替性もあったのである(前記三6)。
 そして、右現場監督が、Aに指示を与えることがあり、Aの作業内容、時間、場所の決定に主導性を有していたのは、「常雇」の作業が、B会社の作業員らとの共同の作業で、本件工事全体の工程に組入れられ、他の作業と切り離すことができない性質によるものというべきであるので(前記三1、四1、3)、これをもって、直ちに、B会社が、Aの作業の遂行につき指揮監督を行っていたとみるのは適切ではない。
 3 また、報酬については、「常雇」の作業に対する報酬が、日当で計算され(前記五1)、これについては残業手当の支給も予定されていたが(前記五2)、右日当の中にはダイバー船の使用料、燃料費、テンダーに対する報酬も含まれ、必ずしも労務提供に対する対価に限られていたものではなく(前記五4)、後記4のAの事業者性に照らすと、事業経営を行う事業者に対する代金の支払とみることができること、報酬全体からみると出来高給がその殆どを占めること(前記五1)、日当報酬も、潜水作業全体についての一つの契約の中での、特定の作業についての報酬計算の一方法に過ぎないこと(前記五3)を総合すると、報酬の労務の対償としての性格は弱いといえる。
 4 更に、Aは、個人企業であるとはいえ(前記六1)、潜水作業のための高価なダイバー船等を保有し、テンダーを雇用し、テンダーの給与やダイバー船の燃料代を負担して、曲がりなりにも事業者としての性格を備えており、本件事故当日の作業においても、ダイバー船等を使用し、テンダーを指揮監督した「C潜水」という一つの事業体として、本件工事の工程に組み込まれていたといえる(前記六2、3)。
 5 なお、B会社の代表取締役や専務取締役は、労働基準監督官に対し、Aを、「常雇」作業の部分について、労働者と認識している旨供述しているが(前記七1)、B会社のAに対する具体的な取扱いが一般従業員と異なっており(前記七2)、またAのB会社に対する専属性が弱いものである(前記七3)以上、右B会社の使用者の認識を重視するのは適当ではない。
 6 これらを総合考慮すると、AがB会社に労務を提供するに当たっての両者の関係に使用従属性は認められないといわざるをえず、Aを労働者災害補償保険法の適用を受ける労働者と認めることはできない。