全 情 報

ID番号 06061
事件名 賃金請求事件
いわゆる事件名 昭和女子大学(中山)事件
争点
事案概要  大学の学長と教員(原告)とのトラブルに関連して、原告が副学長の指導に基づいて反省の意思を表明する趣旨で提出した「退職願い」により教員たる地位を否定されたのに対して、教員たる地位の確認を求めて争った事例。
参照法条 民法93条
民法415条
体系項目 退職 / 退職願 / 退職願と心裡留保
賃金(民事) / 賃金請求権の発生 / 就労拒否(業務命令拒否)と賃金請求権
裁判年月日 1992年12月21日
裁判所名 東京地
裁判形式 判決
事件番号 平成3年 (ワ) 7697 
裁判結果 一部認容
出典 労経速報1485号8頁/労働判例623号36頁
審級関係
評釈論文
判決理由 〔退職-退職願-退職願と心裡留保〕
 本件退職願は、文面上は退職を希望する意思表示のように記載されているが、その実、退職を余儀なくされることを何とか回避しようとして作成されたものにすぎず、しかも、最初の提出の段階から、原告の右真意は明確に表明され続け、被告もこれを承知していたことが明らかである。とくに、被告が承諾の意思表示をしたと主張する平成三年五月一五日の段階においては、被告側は、原告に退職の意思がないことを当然の前提として、配置転換の承諾と自主退職の確定的意思表示をさせようとして説得していたもので、当時、承諾に対応し得るような適格のある申込みがないことを明白に認識していたと断ずるほかはない。前記認定のような経過に照らせば、被告は、要求した「書き物」としてたまたま「退職願」が提出されたことから、原告には退職の意思がないことを知悉しながら、あえてその文面を利用して原告を退職させようとしたものとみざるを得ない。
 したがって、被告が主張する解約合意に関する申込みの意思表示は、民法九三条の心裡留保に該当するが、当時意思表示の相手方たる被告において右真意を知っていたものであるから、これをもって原被告間の雇用契約解約の申込みとして有効なものと解する余地がない。
 そうすると、原被告間の雇用契約関係はいまだ存続しているものというべきである。
〔賃金-賃金請求権の発生-就労拒否(業務命令拒否)と賃金請求権〕
 被告は、平成三年九月分賃金につき、退職者に対しては、退職辞令の交付を行う際に最終の賃金を手交する慣行があるとして、前示のように同月二七日に出頭して退職辞令の交付手続を受けるよう通告したのに原告が出頭しなかったから支払っていないだけで、原告が出頭すれば支払う意思であるから訴求するには及ばないと主張している。その趣旨は必ずしも明白でないが、原告が出頭すれば支払うとの主張からして、本件賃金債務を取立債務とする前提のもとで、遅延損害金の発生を争う趣旨と解されるので、その点について付言する。賃金債務の弁済場所はそれを定める明文の規定は存在せず、また性質上当然に使用者の事務所であると解する根拠もない。そして、本件においては、前示のとおり、原告に対する賃金は、雇用関係に争いのなかった当時から継続的に原告の前記銀行預金口座に振込むことによって支払われてきたのであるから、一般的に本件賃金債務が取立債務であったということは困難であり、また、とくに退職に際しての最後の賃金のみについて被告による指定場所をもって法律上の弁済場所とすべき特段の事情を認めるに足りる証拠はない。したがって、右九月分賃金債務についても、確定期限たる同月二一日を経過した時点で遅滞に陥っているものというべく、被告には、同月二二日以降の遅延損害金を支払うべき義務がある。