全 情 報

ID番号 06075
事件名 地位確認、社宅明渡請求(併合)事件
いわゆる事件名 朝日火災海上保険事件
争点
事案概要  退職した労働者が、定年年齢、退職金の支給率に関して組合員に不利益に改訂された労働協約の効力は同人に及ばないとして、改訂前の退職金規程に基づいて退職金の請求がなされた事例。
参照法条 労働組合法16条
労働基準法11条
体系項目 賃金(民事) / 退職金 / 退職金の法的性質
就業規則(民事) / 就業規則と協約
裁判年月日 1993年2月23日
裁判所名 神戸地
裁判形式 判決
事件番号 昭和62年 (ワ) 44 
昭和63年 (ワ) 55 
裁判結果 一部認容・棄却(控訴)
出典 タイムズ833号190頁/労経速報1495号3頁/労働判例629号88頁
審級関係
評釈論文 小宮文人・法学セミナー38巻12号76頁1993年12月
判決理由 〔就業規則-就業規則と協約〕
 労働協約のいわゆる規範的効力(労組法一六条)は、既に組合員個人に生じた請求権等の剥奪は別にして、その内容が労働条件の切り下げにより個々の組合員に不利益なものであっても、それが標準的かつ画一的な労働条件を定立するものであり、また労働組合の団結権と統制力、集団的規制力を尊重することにより労働者の労働条件の統一的引き上げを図ったものと解される労組法一六条の趣旨に照らして、特定の労働者を不利益に取り扱うことを積極的に意図して、締結されたなどその内容が極めて不合理であると認めるに足りる特段の事情がない限り、不利益を受ける個々の組合員にも及ぶことは明かである。
 そして、労働協約の内容が極めて不合理であると認めるに足りる特段の事情があるか否かを検討するについては、労働協約の締結、改定によって個々の組合員が受ける不利益の程度、他の組合員との関係、労働協約締結、改定に至った経緯、労働協約中の他の規定との関連性(代償措置、経過措置)、同業他社ないし一般産業界の取扱との比較などの諸事情を斟酌して総合的に判断しなければならない。〔中略〕
 右事実によれば、本件労働協約の定める五七歳定年制、定年退職後六〇歳までの特別社員制度については、昭和五八年当時の損害保険業界の水準に照らして、特に低いというものではなかったこと、また新退職金制度については被告の経営危機及び退職金算定基礎額を昭和五三年の本俸とする凍結措置を解除したことを考慮すると右水準にとどめるのもやむをえない事情があったものといえる。
 以上の諸事情を総合すると、原告が鉄保労働協約に代って本件労働協約の定める新定年制及び新退職金制度の適用を受けるときに被る原告の不利益に対する代償措置として前記代償金の支払のみでは不十分といわざるを得ない。
 しかし、他方において、新定年制は、被告プロパー社員には有利な制度であるとともにその内容は、昭和五八年当時の損害保険業界の水準に照らして、特に低いというものではなく、また新退職金制度は、被告の経営危機及び退職金算定基礎額を昭和五三年本俸とする凍結措置の解除の点を考慮すると、右水準にとどめるのもやむを得ない事情があったものと認められることは前記のとおりである。そして、本件労働協約による統一定年制は、本件合体後、漸次進められていた鉄保プロパー社員と被告プロパー社員との労働条件の統一化の一環であるところ、原告ら鉄保プロパー社員が被告プロパー社員と比較して有利な取扱を受けていたのは、鉄道保険部が国鉄永退社員を基準にして特殊な労働条件を定めた沿革上の理由によるもので、合体後においては、労働条件の統一化の過程で、たまたま有利な取扱を受けていたものに過ぎず、被告プロパー社員との間に著しい不公平をもたらしていたこと、定年制を除く労働条件について原告ら鉄保プロパー社員が昭和四六、七年までにほぼ被告プロパー社員と同じ待遇を受けるようになったことにより従前に比べてその労働条件は改善されたこと、本件労働協約は、本件合体後、長年にわたる労働協約の統一化についての組合と被告との交渉の中での企業の存続と雇用の確保を巡る話合の成果として締結されたものであること等に鑑みると、本件労働協約の成立により原告を含む鉄保プロパー社員に及ぶ不利益は、統一化の過程で生じたやむを得ない結果であると解するのが相当である。
 したがって、本件労働協約の内容が極めて不合理であると認めるに足りる特段の事情は見当たらない。
 そして、本件労働協約に沿う内容の本件改定就業規則及び改定退職金規程も不合理な点があるとはいえない。
〔賃金-退職金-退職金の法的性質〕
 労働協約ないし就業規則等に基づく退職金は、使用者に支払義務があり、賃金の後払い的性格を有するものであるが、他方、報償的性格をも有しており、かつその支払額は退職事由、勤務年数などの諸要件に照して退職時においてはじめて確定するものであるから、退職時までは具体的な債権として成立しているとはいえないものである。