全 情 報

ID番号 06079
事件名 地位確認等請求事件
いわゆる事件名 みちのく銀行事件
争点
事案概要  従来から六〇歳定年制を実施していた銀行が経営コストの削減等を理由として、昭和六一年から満五五歳以上の行員の基本給凍結、従前の役職から離れて、新設された専任職へ就任すること、賃金額については直前の役職の基本給に専任職手当を加えたものとするように就業規則を変更し、さらに昭和六三年からは従来の一般行員にのみ適用されていた専任職制度を庶務行員にも適用する新専任職制度を導入し、業績給・賞与の支給率を段階的に削減するように就業規則を変更したことにつき、右制度の導入により不利益をこうむったとする行員が専任職への配転辞令の無効確認、給与体系変更前の削減される前の賃金との差額等を請求した事例。
参照法条 労働基準法93条
体系項目 就業規則(民事) / 就業規則の一方的不利益変更 / 賃金・賞与
裁判年月日 1993年3月30日
裁判所名 青森地
裁判形式 判決
事件番号 昭和63年 (ワ) 465 
平成2年 (ワ) 110 
平成3年 (ワ) 91 
平成4年 (ワ) 117 
裁判結果 一部認容(控訴)
出典 労働民例集44巻2号353頁/時報1467号128頁/タイムズ819号119頁/労経速報1491号3頁/労働判例631号49頁
審級関係
評釈論文 菊池馨実・法律時報66巻10号101~104頁1994年9月/香川孝三・ジュリスト1038号164~167頁1994年2月1日/山之内紀行・平成5年度主要民事判例解説〔判例タイムズ臨時増刊852〕348~349頁1994年9月/菅野和夫・労働判例百選<第6版>〔別冊ジュリスト134〕52~53頁1995年5月/村中孝史・判例評論422〔判例時報1482〕217~223頁1994年4月1日/柳屋孝安・平成5年度重要判例解説〔ジュリスト臨時増刊1046〕228~230頁1994年6月
判決理由 〔就業規則-就業規則の一方的不利益変更-賃金・賞与〕
 このような労働条件を不利益に変更する就業規則の効力について判断するに、新たな就業規則の作成又は変更によって、労働者の既得の権利を奪い、労働者に不利益な労働条件を一方的に課することは、原則として、許されないが、労働条件の集合的処理、特にその統一的かつ画一的な決定を建前とする就業規則の性質からいって、当該規則条項が合理的なものである限り、個々の労働者において、これに同意しないことを理由として、その適用を拒否することは許されないと解するのが相当である。そして、右にいう当該規則条項が合理的なものであるとは、当該就業規則の作成又は変更が、その必要性及び内容の両面からみて、それによって労働者が被ることになる不利益の程度を考慮しても、なお当該労使関係における当該条項の法的規範性を是認できるだけの合理性を有するものであることをいうと解される。特に、賃金、退職金など労働者にとって重要な権利、労働条件に関し実質的な不利益を及ぼす就業規則の作成又は変更については、当該条項がそのような不利益を労働者に法的に受忍させることを許容できるだけの高度の必要性に基づいた合理的な内容のものである場合において、その効力を生ずるものというべきである。〔中略〕
 就業規則(給与規程)の変更の効力について検討するに、原告Xが被る不利益は右の程度にすぎないところ、被告は、本件専任職制度実施に伴い、専任職に対する役職手当及び管理職手当の支給を廃止したが、同時に、右手当の廃止に伴う専任職行員の賃金減少という不利益を緩和するため、新たに専任職手当を創設したこと、その他、本件専任職制度を採用するに至った被告の諸事情、本件専任職制度実施後の専任職行員の賃金水準、本件専任職制度実施に伴ってとられた代償措置の状況、本件専任職制度に対する労組の同意の存在、本件専任職制度実施前後の原告Xの職務内容、本件専任職制度実施後の被告の経営状態等の諸事情を総合的に考慮すると、役職手当を廃止し、専任職行員に対する基本給の凍結を定めた就業規則(給与規程)の変更は、それによって原告Xが被った不利益を斟酌しても、なお、合理性を失うものではないと認めるのが相当である。〔中略〕
 右のとおり、本件新専任職制度の実施は、業績給及び賞与の支給率を大幅に削減するのみで、見返りの利益を行員にもたらすものではないので、原告らが賃金面で被った不利益は大きく、しかも、業績給は基本給の一部であり賃金の本質的部分であることを考慮すると、就業規則を一方的に変更して、原告ら労働者にとって重要な労働条件である賃金につき実質的に大幅な不利益を及ぼす本件新専任職制度を実施するについては、これを正当化するため要求される必要性及び内容の合理性の程度は、かなり高度なものであることを要するというべきである。
 そうすると、金融の自由化、国際化の進展に伴い銀行を取り巻く環境が厳しくなる中で、他の地方銀行に比べ経費率(とりわけ人件費率)が高いという問題と賃金配分が高齢者層に偏在化し、中堅層の行員の士気・モラルの低下を招きかねないという問題を抱えていた被告が、金融の自由化、国際化の進展に対応し、他行との競争を続けるとともに、賃金配分の偏在化を是正するために、賃金体系の変更を含めた人事制度の見直しを再度図る必要性があったことは認められるものの、青森県内では青森銀行とともにトップグループに属する有数の企業である被告が経営危機に瀕して五五歳以上の行員の給与を大幅に低減させなければ経営が成り立たないというような状況にはなく、被告の本件新専任職制度実施後の業績をみると、右の業績給の削減と賞与の支給率の削減は、その必要性の程度を超えた内容のものではなかったのかという疑いが残り、また、前記のとおり、他の銀行とは六〇歳定年制採用の経緯が異なることから、本件新専任職制度実施前の被告の五五歳以上の行員の賃金水準が他の銀行の同年齢の行員の賃金水準を大きく上回っており、本件新専任職制度実施後の五五歳以上の行員の賃金水準もなお他の銀行の同年齢の行員の賃金水準を上回っていることを賃金減額の合理性を裏付ける要素としては、それほど考慮することができない事情がある上、管理職階者・監督職階者としての労働能力が五五歳を境に一率に急激に低下し、これまで五五歳以降もそれ以前と同等ないしそれ以上の賃金を支給してきたのは恩恵的な措置であったということは実証されていないから、高齢であることを理由として賃金を削減することは、当該賃金の支給の趣旨が変更されない限り、労働基準法三条に規定する均等取扱の原則に抵触するおそれがあることからすると、本件新専任職制度実施に伴って行われた代償措置の内容、労組との合意の存在、本件新専任職制度実施後の原告らの職務内容等の本件に現れた一切の事情を総合的に考慮しても、就業規則(給与規程)の変更のうち、業績給の削減と賞与の支給率の削減を定めた部分は、それを正当化するに足りるだけの高度の必要性に基づいた合理的な内容を備えたものということはできない。
 なお、被告は、業績給の五〇パーセント減額、賞与支給率の改定について、これを一挙に実施すると該当者に与える影響が大きいことから、いずれも段階的に実施して五か年で完全実施するという移行措置を講じているが、右段階的実施については、その適用を受ける者は不利益の程度が小さくなるとしても、完全実施後に五五歳に達する者については、そのような措置はとられていないものであるから、この点は給与体系の合理性の有無を判断する上でそれほど重視することはできない。
 また、被告の行員の約七三パーセントが所属する労組が本件新専任職制度の実施に同意していることは、その合理性の判断にあたって考慮されるべき事情の一つであるが、これは基本的には、変更後の就業規則の内容自体の妥当性を裏付けるものであるという意味で、合理性の判断要素としては間接的なものであるから、合理性の有無の判断に大きく影響するものではないというべきである。特に、前記のとおり、賃金などの労働者にとって重要な労働条件について実質的な不利益を及ぼす就業規則の作成又は変更については、当該条項が高度の必要性に基づいた合理的な内容のものであることがその効力を生ずるための要件となるものと解されるから、大多数の従業員が同意しているということだけで合理性を肯定することはできない。