全 情 報

ID番号 06308
事件名 退職金等請求事件
いわゆる事件名 大平洋運輸事件
争点
事案概要  手当の減額に反対して事前の連絡なしに団体交渉を求め、約三時間にわたって交渉を続けたためにそれによって業務が阻害されたとして、就業規則の「故意または重大な過失により災害または営業上の事故を発生させ、会社に重大な損害を与えたとき」に該当するとして懲戒解雇された自動車の陸上輸送会社の従業員がその効力を争った事例。
参照法条 労働基準法89条1項9号
労働基準法11条
体系項目 賃金(民事) / 退職金 / 退職金請求権および支給規程の解釈・計算
懲戒・懲戒解雇 / 懲戒解雇の普通解雇への転換・関係
裁判年月日 1985年9月11日
裁判所名 名古屋地
裁判形式 判決
事件番号 昭和57年 (ワ) 3516 
裁判結果 一部認容(控訴)
出典 時報1173号144頁/タイムズ611号38頁/労働判例468号73頁/労経速報1253号3頁
審級関係
評釈論文
判決理由 〔懲戒・懲戒解雇-懲戒解雇の普通解雇への転換・関係〕
 被告は、原告の従来からの勤務態度、勤務成績の不良であることをもって、本件懲戒解雇が正当であることを根拠づけようとするけれども、被告主張にかかる右のような事由は、いずれも本件懲戒解雇当時、被告に判明していた事実であるにもかかわらず、懲戒解雇の事由とされておらず、本訴において初めて主張されるに至ったものであることは弁論の全趣旨から明らかである。
 しかも、被告が原告の勤務態度不良の具体的事実として挙げる上司に灰皿を投げつけた件も仮にそのような事実があったとしても本件懲戒解雇問題の生ずる六年位も以前のことでありまた原告本人尋問の結果によれば、原告の起した事故はいずれも運転手にとかくありがちな過失に基づくものであること、これらの事故の都度、事故による損害について、保険で賄えない部分の負担金として各一万円を被告に支払い、被告に弁償をしてきていることが認められ、その頻度や損害額が他の運転手のそれに比べ殊更多かったとか、これらの事故の都度これが就業規則所定の何らかの懲戒事由に付すべきものとして問題にされた事実を認めるべき証拠はない。
 以上の事実関係に照すと、被告主張にかかる右事実が懲戒解雇事由に該るとすることには疑問があるが、この点は措くとしても、これらの事実は、いずれも既に過去において格別の懲戒には付さないことで結着ずみの事柄を敢て取り上げ、本件懲戒解雇の事由として主張するものであって、雇用関係において信義則上からしても到底採用し得ないところである。
 5 以上のとおり、本件懲戒解雇は、その事由なくしてなされた無効な解雇といわなければならないが、原告はこれを被告の予告解雇の意思表示としての限度で認め、被告もまた、このことについては特に争わないところである。ところで、一般的には懲戒解雇が、懲戒事由を欠き無効である場合に、これを予告解雇の意思表示に転換を認めることは、被解雇者の地位を著しく不安定にするもので信義則上許されないと考えられるのであるが、本件においては、被解雇者である原告自信が予告解雇としての効力を争わない以上、原告は被告の都合により予告解雇されたものと認めるのが相当である。〔賃金-退職金-退職金請求権および支給規程の解釈・計算〕
 《証拠略》によれば、被告における賃金体系は、賃金規程上、基本給と諸手当及び割増賃金からなっている(同規程二条)ところ、基本給は日給、月給制とする旨(同六条)、また基本給は従業員雇入れの際の本人の学歴、能力、経験、技能、作業内容などを勘案して各人ごとに規定し(同七条)、昇給については基本給について、毎年五月、技能、勤務成績良好なものについて行う旨(同八条)を定め、諸手当として役付手当、精皆勤手当、通勤手当、無事故手当(同一〇、一一、一三条)につきいずれも定額支給されるべき旨定めていること、一方、実際の賃金は、予め行先別に賃金額が定められている車両運搬業務を運転手が運行した実績に従い、積算して一か月の賃金総額を出したうえ、被告においてこれを基本給と生活手当、信濃手当、高速手当(前記高速代立替分と同じ)、食事手当、昇給分、有休手当などの各給与項目に任意に割り付けて支払っていること、したがって従業員が一月のうち右運行業務に全く従事しない場合は、賃金はゼロとなることもありえるものであったこと、しかしながら、信濃手当、高速手当、食事手当、有休手当等はこれが支給されるべき要件を具えていなければ支給できない性質のものであるから、被告において、総額を右のとおり給与項目別に任意に割り付けるといっても、各月毎に、全く恣意的になされ得るものではなく、そこには常識的に考えられる一定の基準が内在し、被告はこれに従っていたことが窺える。そして事実、被告は、本件懲戒解雇が問題となる昭和五七年九月分より前の賃金については毎月二〇万円の定額を基本給に割り当てて支払っており、(同年一月分については基本給一〇万円とされているが、これは原告の出勤日数が通常の月に比べて格段に少なかったため、賃金総額そのものが低額であったため生じたものであって、例外的事例に属すると解される)賃金台帳上にもそのように記載されていること、また、個々の運転手について、勤続年数等に従って前記運行による賃金額に格差が設けられており、勤続年数に伴って被告の裁量ではあるが、ベースアップも実施されていたことが認められ、これらの認定を左右するに足りる証拠はない。
 右認定の事実に、一般に基本給とは、出来高により変動するものではなく、固定的に定まった給与部分をいうものと解されていることを併せ考えると、前記賃金規程中に定められている通勤等四つの手当を除き、原告の受けていた賃金は総て基本給であるとする原告の主張はにわかに採用し難いが、反対に被告主張の如く、原告の賃金が出来高によっているということから、被告において基本給はない旨結論付けることは、前認定の事実に加えて前記退職金規程によれば、基本給を基準に退職金額が定められているにもかかわらず、退職金はゼロという極めて不合理な結果を招来することからも、到底採用し得る考えではない。
 しかして、以上認定の被告の基本給に関するこれまでの取扱い、支給額、あるいは賃金規程、退職金規程中の諸規定の解釈等を総合すれば、退職金算定にあたっての原告の基本給としては、前記のとおり一か月二〇万円と認めるのが相当である。