全 情 報

ID番号 06329
事件名 損害賠償請求事件
いわゆる事件名 アオイ自動車事件
争点
事案概要  タクシーの運転手のむち打ち症に関する労災保険給付について、労働基準監督署長等の調査が不十分であったことにより損害を被ったとして、保険料を納付した事業主から国に対して国家賠償法一条に基づく損害賠償が請求された事例。
参照法条 国家賠償法1条
労働者災害補償保険法7条1項1号
労働者災害補償保険法12条の8
労働者災害補償保険法25条
体系項目 労災補償・労災保険 / 審査請求・行政訴訟 / 審査請求との関係、国家賠償法
裁判年月日 1992年7月17日
裁判所名 京都地
裁判形式 判決
事件番号 昭和61年 (ワ) 2836 
裁判結果 一部認容(確定)
出典 タイムズ800号182頁
審級関係
評釈論文
判決理由 〔労災補償・労災保険-審査請求・行政訴訟-審査請求との関係、国家賠償法〕
 労災保険法は、労災保険給付を受けている労働者の症状を調査するための各種の規定、すなわち、同法四七条(労働者に対して報告など及び出頭を、事故を発生させた第三者に対して報告などを命ずる。)、四七条の二(医師の診断を受けるべきことを命ずる。)、四七条の三(保険給付の一時差止め)、四八条(事業所に臨検、関係者の質問、帳簿書類の検査)、四九条(医師に対して報告、診療録等の提示を命ずる。)を設けているが、右各規定は、労働基準監督署長等に、権限を与えるものであって、その行使を義務付けることを目的とするものではないから、いつ、どのような調査権限を行使するかは、原則として、労働基準監督署長等の自由裁量に委ねられているというべきである。したがって、労働基準監督署長等の右各調査権限の不行使は、具体的事情の下において、右権限が付与された趣旨及び目的に照らして、著しく不合理と認められるときでない限り、支給要件を欠いた労災保険給付がされたことによって損害を蒙った事業主に対する関係において、国家賠償法一条一項の適用上違法の評価を受けるものではなく、また、右権限の行使を法的に義務付けられるものではない。
 しかしながら、そもそも前記各調査権限規定の趣旨及び目的が、労災保険給付を受け、または受けようとする労働者の症状の的確な把握にあり、ひいては、国の財政負担と全国の事業主の保険料によって運営されている労災保険制度の公正かつ健全な運営の確保にあることは多言を要しないところであり、その権限の行使に際しては、現行保険医療制度の下で、患者、医師双方の事情で、安易な診療の継続がときに見受けられないわけではないこと、法的な調査権限の裏付けを持つ行政庁以外の者には、患者の症状を調査し把握することが事実上不可能であること、いわゆる鞭打ち症にあっては、他覚的所見がなく、患者の自覚症状が中心になることから、治療にあたる医師も、患者の訴えを否定しにくいこと等の事情を十分にふまえる必要があるといわなければならない。
 してみると、労働基準監督署長及び係官等において、提出を受けた診断書等の資料(労災保険法施行規則一八条の二第二項、同一九条の二等参照)による労働者の治療内容、当該給付の支給期間、原因となった事故の内容並びに労働者個人の素因、第三者からの調査請求の有無その他諸般の事情に照らして、労災保険給付を受けている労働者の症状が支給要件を欠くに至っていることにつき客観的に疑いが持たれるにもかかわらず、前記各調査権限を行使しないときは、右不作為は、権限の趣旨及び目的に照らして著しく不合理と考えざるを得ず、このような場合、労働基準監督署長等は、前記各調査権限を行使し、十分な調査を実施して、その者の症状の的確な把握に努める義務を負うものと解され、労働基準監督署長等の右不作為は前記各調査義務違反の過失があり、国家賠償法一条一項の適用上違法の評価を受けるものと解するのが相当である。〔中略〕
 前記(1)認定のAへの支給打切りまでの経緯に照らすと、京都下労働基準監督署長が、昭和六〇年九月における原告X自動車からの申入れを受けた後、直ちに本格的な調査活動をしていれば、遅くとも同年中には、Aへの労災保険給付の支給を打切ることが可能であったとみるべきであることを総合すると、京都下労働基準監督署長等は、前記(1)(一)認定の、Aに対する労災保険給付に関する原告X自動車からの度々の申入れとこれに対する京都下労働基準監督署長の調査活動を経た後に、再度、Aの治癒時期の後である、昭和六〇年九月ころに、原告X自動車からAに対する労災保険給付打切りにつき申入れを受けたのだから、Aの症状につき疑いを以て、治療医に対し更に精密な診断を求めたり、信頼のできる他の医療機関による厳格な診察を求める等、適宜、労災保険法所定の各種権限を行使してAの症状を適切に把握した上、Aに対する支給要件の無いことを認定し、Aに対する労災保険給付の不支給処分をすべき義務があったにもかかわらず、これを怠り、治療医の診断書をたやすく信用して、漫然とAに対する労災保険給付を続けた過失がある。