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ID番号 06370
事件名 遺族補償不支給処分取消等請求控訴事件
いわゆる事件名 佐伯労基署長事件
争点
事案概要  労働者が業務上の傷病(じん肺)により療養中に精神的障害にり患し自殺したことにつき、遺族が右自殺を業務上であるとして遺族補償を請求した事例。
参照法条 労働者災害補償保険法12条の2の2第1項
労働基準法75条2項
労働基準法施行規則35条
労働基準法施行規則別表1の2第9号
体系項目 労災補償・労災保険 / 業務上・外認定 / 業務起因性
労災補償・労災保険 / 業務上・外認定 / 暴行・傷害・殺害
裁判年月日 1994年6月30日
裁判所名 福岡高
裁判形式 判決
事件番号 平成3年 (行コ) 11 
裁判結果 取消,棄却(上告)
出典 タイムズ875号130頁/訟務月報41巻6号1469頁
審級関係 一審/大分地/平 3. 6.25/昭和58年(行ウ)6号
評釈論文
判決理由 〔労災補償・労災保険-業務上・外認定-業務起因性〕
〔労災補償・労災保険-業務上・外認定-暴行・傷害・殺害〕
 業務上の傷病により療養中の労働者が精神的障害を生じて自殺した場合(後記四のとおり、Aの本件自殺もこの場合に該当すると考える余地がある。)においては、右傷病と精神的障害との間にも相当因果関係があることが必要であるところ、右の有無は通常の判断基準と手法により判断されれば足りる(前記二、3の(三)参照)ものというべく、その意味では、控訴人の主張する業務と心因性精神障害との相当因果関係についての具体的な判断基準はいささか厳格に過ぎるものといわなければならない。〔中略〕
 Aにはその死亡時まで抑うつ状態が続いており、そのような精神状態の中で自殺したのであるから、右抑うつ状態と本件自殺との間に因果関係があるのではないかと考えるのは自然の成り行きである。また、前記1の事実及び〈証拠略〉によれば、Aがけい肺結核症にり患していることを気に病んでおり、そのことが同人の右抑うつ状態に影響を及ぼしていたことは否定できないところである。
 しかし、他方で、Aには脳動脈硬化症があり、これによる痴呆状態が見られたことも明らかであり、右脳動脈硬化症がAの抑うつ状態の一因になっていることが十分考えられるほか、控訴人が主張するとおり、妻である被控訴人との葛藤、通院に対する欲求不満なども影響していることが考えられないではない(〈証拠略〉)。
 このように、本件自殺ないしはその前駆となったAの抑うつ状態の原因としてはこれら複数の要因が併存していることが考えられるところ、その中でけい肺結核症に対する不安や恐怖心がどの程度の比重を占めているのか、果たして、この要因とAの抑うつ状態及び本件自殺との間に前記二、3のような意味での相当因果関係が認められるか否かが本件の最大の争点となる。〔中略〕
 以上検討してきたところをまとめれば、以下の(1)ないし(3)のような経過を辿って、Aの心身の衰えは急速に進行したものということができる。そして、元来気が小さく心配性であった同人が、右のような心身の衰えの中で正常な判断力を著しく損ない、いよいよ瑣末なことにこだわったり、気に病んだりするようになり、抑うつ状態から解放されることのないまま、被控訴人との些細な口論がきっかけとなって本件自殺にまで至ったものである。
 (1) Aは、昭和四九年一二月ころから動脈硬化症や高血圧症の影響によるものと考えられる頭痛や眩暈を訴えていたが、このほかにも既に当時から客観的には存在したであろうけい肺結核症の症状も加わって、昭和五一年五、六月ころから病気の恐怖心による抑うつ気分を訴えるようになった。
 (2) その後、同年一〇月に「動脈硬化症、高血圧症、けい肺結核」の診断を受けて、右の恐怖心は客観的にも裏付けられたことになり、うつ状態が進行して入院するまでに至った。
 (3) 昭和五二年四月ころからは夜間徘徊や健忘、見当識欠如などの痴呆の症状を呈するようになり、同年五月には意識を失って倒れ、数日経過後も意識障害が持続するなどした。
 (四) そうすると、業務上の疾病であるAのけい肺結核症(甲)と同人の抑うつ状態(乙)、ひいては本件自殺(丙)との間に、それぞれ一定の関連性があることは否定できないが、BとCとの間に法的な意味での相当因果関係があるものということができるか否かはなお疑問があるものといわざるを得ず、まして、BとD或いはCとDとの間に前記二の3のような明確かつ強度な因果関係があるものということはできない。