全 情 報

ID番号 06434
事件名 保険金引渡請求事件
いわゆる事件名 布目組事件
争点
事案概要  被保険者を従業員、使用者を契約者及び死亡保険金受取人とする生命保険契約につき、退職金は弔慰金として支払う合意があったとの妻の主張に対し、退職金又は弔慰金支払いの合意を認め、保険金の四割の支払いが命じられた事例。
参照法条 労働基準法89条1項3号の2
商法674条
体系項目 賃金(民事) / 退職金 / 共済制度と退職金請求権
裁判年月日 1995年1月24日
裁判所名 名古屋地
裁判形式 判決
事件番号 平成4年 (ワ) 3766 
裁判結果 一部認容,一部棄却(控訴)
出典 時報1534号131頁/タイムズ891号117頁/労経速報1564号6頁
審級関係
評釈論文 家田崇・名古屋大学法政論集170号331~347頁1997年9月/水野幹男・労働法律旬報1355号51~57頁1995年3月10日/石田満・判例評論444〔判例時報1549〕206~209頁1996年2月1日/竹濱修・私法判例リマークス〔13〕<1996〔下〕>〔法律時報別冊〕116~119頁1996年7月
判決理由 〔賃金-退職金-共済制度と退職金請求権〕
 三 右によれば、被告が本件保険契約を締結した動機としては、労働災害に伴う補償に備えるためということが大きな比重を持っていたことは明らかであるが、本件保険契約の約款は労働災害の補償のみを目的としたものではなく、「生命保険付保に関する規定」からは、本件保険契約の趣旨・目的が業務上の災害であるか否かを問わず従業員が死亡したことにより当該従業員に対し死亡退職金又は弔意金を支払う場合に備えるものであることを明記し、それ故、従業員の福祉に寄与するものであることから、税務上も保険料の損金処理を認めるなど優遇していることが認められるので、本件保険契約は主として従業員の福祉を目的としたものであると解することができる。
 本件保険契約の趣旨・目的は以上のとおりであるが、本件保険契約の締結に先立って作成された「生命保険付保に関する規定」と題する書面は他人の生命の保険契約締結に必要とされる被保険者の同意を証する書面ではあり、被保険者である純勝が署名押印したとしても、右書面自体によって純勝と被告との間で死亡保険金を死亡退職金又は弔慰金として支払う旨の合意があったとまでは認めることができない。
 しかしながら、本件保険契約の趣旨・目的が前記認定のとおりであり、かつ、生命保険契約に基づき支払われる保険金の全部又はその相当部分は、退職金又は弔意金の支払いに充当することを明示して、従業員に付保の同意を求めているのであるから、当然、従業員の死亡に対し退職金又は弔慰金を支払うことが前提としてされていたとみるのが自然であるから、本件保険契約の締結に際して、Aと被告との間で、Aが死亡した場合保険金の全部又は相当部分を退職金又は弔慰金として支払う旨の合意があったと認めるべきである。
 四 次に、右合意に基づき、被告が原告に支払うべき金員の性質及びその額を検討するに、本来なら保険契約の締結に先立ち、事業者は退職金ないし弔慰金に関する規定を整備すべきものであるが、被告には退職金に関する規定がないので、被告がAに対し退職金の支払義務を負っていたことは認めることができない。しかし、右合意によれば、被告はAの遺族に対し弔慰金の支払義務を負っていると解することができ、右合意自体から具体的な退職金又は弔慰金の額を確定することはできないけれども、少なくとも本件保険金の相当部分を弔慰金として支払うべきであることは明らかである以上、本件保険契約の趣旨目的、支払を受けた保険金額、被告が支払った保険料、保険金に関する税金の額、Aの被告における貢献度、死亡時の給与その他諸般の事情を考慮して、社会的に相当と認められる額を決定すべきである。
 《証拠略》及び当事者間に争いのない事実によれば、以下の事実を認めることができる。
 1 Aは昭和六一年八月四日被告に雇用され、平成二年四月八日まで出勤したが、その後入退院を繰り返し、同三年五月四日に死亡したので、被告における実働期間は三年九か月であること
 2 Aが入院前三か月に被告から受けた給与は、以下のとおりで、平均すると三二万六三三三円(円未満四捨五入)である。
 平成二年一月分 三〇万四四〇〇円
 同年  二月分 三一万三八〇〇円
 同年  三月分 三六万〇八〇〇円
 3 被告は死亡保険金一〇〇〇万円を受領したが、保険料として八〇万六八三五円、一時所得税一九七万九五〇〇円を支払っていること。
 弔慰金の支払の実情については明らかでないが、相続税法基本通達三-二〇によれば、相続税法上弔意金の非課税範囲は業務外の死亡の場合は死亡時における賞与以外の普通給与の半年分であるとされていること等を参照して、右認定の被告の事業規模、Aの勤務期間、当時の給与を考慮して判断すると、死亡保険金に相当する一〇〇〇万円はAの弔慰金の額としては過大であるし、右額から保険料及び一時所得税の額を控除した金額をもってしても弔慰金の額としても過大であるといわざるをえない。
 しかし、本件保険契約の趣旨・目的は従業員の福祉にあり、それ故に税法上の優遇措置がなされているのであるから、死亡保険金によって事業者たる被告に多額の利得を得させる結果となることも許されるべきではないし、また、本件保険金によって被告が負担した過去の労災補償の補填も弔慰金を減額する理由とはなるものではない。
 以上の諸事情に、被告が支払った保険料の額、一時所得税の額等をも考慮すると、Aの遺族に支払われるべき弔慰金の額は四〇〇万円をもって相当とする。