全 情 報

ID番号 06448
事件名 雇用関係存在確認等請求事件
いわゆる事件名 HIV解雇事件
争点
事案概要  解雇につき、HIV感染を理由とするものと認められ、右解雇が無効とされた事例。
 HIV感染者に、その旨を告げるに相応しいものはその治療に携わった医療者に限られるべきであり、社長が告知すること自体許されず、告知の方法・態様も著しく社会的相当性を逸脱しており、不法行為を構成するとされた事例。
 派遣先会社が派遣労働者がHIVに感染していることを派遣元会社に告知したことにつき、業務上の必要性も認められず、プライバシーの権利を侵害したとして不法行為の成立が認められた事例。
参照法条 労働基準法2章
民法44条
民法709条
民法710条
民法715条
体系項目 解雇(民事) / 解雇事由 / 勤務成績不良・勤務態度
解雇(民事) / 解雇と争訟・付調停
裁判年月日 1995年3月30日
裁判所名 東京地
裁判形式 判決
事件番号 平成4年 (ワ) 22646 
裁判結果 一部認容,一部棄却(控訴)
出典 時報1529号42頁/タイムズ876号122頁/労働判例667号14頁/労経速報1558号3頁
審級関係
評釈論文 花見忠・ジュリスト1074号141~143頁1995年9月1日/角田邦重・平成7年度重要判例解説〔ジュリスト臨時増刊1091〕193~195頁1996年6月/金子直史・法律のひろば48巻10号60~66頁1995年10月/黒川道代・ジュリスト1092号132~134頁1996年6月15日/山川隆一・判例タイムズ913号338~339頁1996年9月25日/山田省三・労働判例673号6~14頁1995年8月1日/上村雄一・日本労働法学会誌86号61~169頁1995年10月/水島郁子・民商法雑誌114巻3号
判決理由 〔解雇-解雇事由-勤務成績不良・勤務態度〕
 本件解雇は、次に述べるとおりその事由なくしてされたのであるから、権利の濫用としてその効力を有せず、したがって、原告は被告Y1社に対し雇用契約上の地位を有するから、この効力を否認し、原告の労務提供を拒否している同被告は原告に対し、右雇用契約に従った賃金を支払う義務がある。〔中略〕
 HIV感染者にHIVに感染していることを告知するに相応しいのは、その者の治療に携わった医療者に限られるべきであり、したがって、右告知については、前述した使用者が被用者に対し告知してはならない特段の事情がある場合に該当すると言える。
 そうすると、Y1社社長が原告に対して原告がHIVに感染していることを告知したこと自体許されなかったのであり、前記認定のこの告知及びこの後の経緯に鑑みると、この告知の方法・態様も著しく社会的相当性の範囲を逸脱していると言うべきである。
 被告Y1社は、Y1社社長が原告に対し、HIVに感染していることを告知したことには止むを得なかった事情があった旨弁明するが、被告Y1社の右弁明は独自の見解によるものであって、右に述べた判断を左右することにはならない。
 したがって、被告Y1社は原告に対し、民法四四条一項及び七〇九条により、Y1社社長の右告知行為によって被った後記損害を賠償すべき義務がある。
 2 本件解雇について
 本件解雇は、その事由なくしてなされた無効なものであることは前述のとおりである。
 Y1社社長が原告に対して原告がHIVに感染していることを告知し、本件解雇をなすに至った経緯については前記認定のとおりであり、これによると、本件解雇は、原告がHIVに感染していることを被告Y2から連絡されたY1社社長は、原告を急遽無理矢理に帰国させ、原告がHIVに感染していることを告知するとともに再検査を受けることを勧め、原告も再検査を受けるための手配をし、このことをY1社社長に報告していたにもかかわらず、この検査結果の判明した日に到達した内容証明郵便をもって本件解雇をなしたというのであって、以上の諸点に前述のとおり本件解雇事由が薄弱であることを総合考慮すると、本件解雇の真の事由は、Y1社社長の否定供述はあるものの、原告がHIVに感染していることにあったと推認できる。
 そうすると、使用者が被用者のHIV感染を理由に解雇するなどということは到底許されることではなく、著しく社会的相当性の範囲を逸脱した違法行為と言うべきであるから、本件解雇は、被告Y1社の原告に対する不法行為となり、同被告は原告に対し、民法七〇九条により原告の被った後記損害を賠償すべき責任がある。
 3 損害について
 原告がY1社社長から突然HIVに感染していることの告知を受けて大きな衝撃を受けながらも、Y1社社長の再検査の勧めに従い再検査を受け、この検査結果が陽性であることが判明し、さらに強い衝撃を受けたその日に、不当な本件解雇がなされたことは前述したとおりであり、これらのことにより原告は極めて甚大な精神的苦痛を被ったものと認められる。
 以上の諸点に、本件雇用契約上の権利の存在と本件解雇以降の賃金の支払が認められたことにより、この点に関する限りでの経済的不利益は補填されたこと等の諸事情を総合考慮すると、原告の被った精神的苦痛を慰謝する額としては三〇〇万円が相当である。
〔解雇-解雇と争訟〕
 使用者が被用者に対し、雇用契約上の付随義務として被用者の職場における健康に配慮すべき義務を負っていることは前述のとおりであるが、被用者との間に直接の雇用契約関係にない場合であっても、右被用者に対し、現実に労務指揮・命令している場合にあっては、使用者の立場に立ち同様の義務を負うものと解される。
 しかし、使用者といえども被用者のプライバシーに属する事柄についてはこれを侵すことは許されず、同様に、被用者のプライバシーに属する情報を得た場合にあっても、これを保持する義務を負い、これをみだりに第三者に漏洩することはプライバシーの権利の侵害として違法となると言うべきである。このことは、使用者・被用者の関係にない第三者の場合であっても同様であると解される。(中略)
 被告Y2は、現地の病院から全く予期しなかった原告がHIVに感染しているという情報を取得したのであるが、この情報は、原告に関しての極めて秘密性の高い情報であることは前述のとおりであるから、被告Y2は、これをみだりに第三者に漏洩してはならない義務を負っていたこととなる。
 それにもかかわらず被告Y2は、右情報をY1社社長に原告の今後の対応方を委ねる趣旨で連絡したというのであるが、被告Y2に当時右連絡の必要性ないし正当の理由があったとは到底認められない。
 被告Y3社及び被告Y2は、被告Y2の右連絡行為は、被告Y3社が原告に対する当面の健康配慮義務者ではあっても、最終的な判断権者は被告Y1社であったので、職責上当然のことをなしたにすぎず、何ら違法と評価される理由はない旨反論するが、この反論は右に述べたところから明らかなとおり理由がない。
 また、被告Y2及び被告Y3社は、被告Y2のY1社社長に対する連絡行為は、他に執るべき期待可能性がなかった旨主張するが、例えばこの連絡行為をしないというのも執るべき方法の一つと言うことができるから、他に執るべき方法は容易にあったのであり、したがって、同被告らのこの点に関する主張は採用できない。
 なお、原告は、被告Y2のY1社社長に対する右連絡行為は、被告Y1社の本件解雇を手助けしたことになったとか、原告を職場から排除する趣旨でなした旨を主張するが、被告Y2に右のような認識ないし意図のあったことを認めるに足りる証拠はない。
 よって、被告Y2は原告に対する直接の不法行為者として民法七〇九条により、被告Y3社は、代表取締役である被告Y2の右行為につき同法四四条一項により原告の被った後記損害を賠償すべき義務がある。〔中略〕
 3 被告Y2が従業員に対して原告のHIV感染を知らせたことについて
 被告Y2がAに対し、同被告がY1社社長に前記連絡をしたころ、原告がHIVに感染していることを知らせたことについては同被告及び被告Y3社の認めるところであり、被告Y2がこのように知らせたのは、Aは原告の所属していたコンピューター部門の最高責任者であるので、営業活動上必要であると考えたことによる。
 原告は、被告Y2がA以外のB、Cにも原告がHIVに感染していることを知らせた旨主張するところ、証人Dの証言中には一応右主張に沿う部分もあるが、同証人は単なる推測を証言しているに過ぎないから、右証言部分はにわかには信用できず、他に右主張事実を認めるに足りる証拠はない。
 そこで、被告Y2がAに原告がHIVに感染していることを知らせたのは、前述したところから明らかなとおり、原告のプライバシーの権利を侵害したこととなる。
 被告Y3社及び被告Y2は、被告Y2のAに対する右行為は事業の遂行上必要にして止むを得ない措置であった旨弁明するが、原告のHIV感染を知らせなければならなかった業務上の必要があったとは到底考えられず、他に執るべき手段がなかったなどとは言えない。
 したがって、右弁明は同被告らの独自の見解によるものであって、理由がない。