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ID番号 06493
事件名 不正競争行為差止等請求事件
いわゆる事件名 株式会社フリーラン・サドゥ事件
争点
事案概要  顧客の荷物をオートバイで配達するバイク便の営業を行っている会社を退職した者が、個人営業のバイク便事業を開始したところ、右会社が個人営業のバイク便事業を始めた者に対して顧客を不当に奪ったとして民法七〇九条等を根拠に損害賠償を請求した事例。
参照法条 労働基準法2章
民法709条
体系項目 労働契約(民事) / 労働契約上の権利義務 / 競業避止義務
裁判年月日 1994年11月25日
裁判所名 東京地
裁判形式 判決
事件番号 平成3年 (ワ) 13810 
裁判結果 棄却(控訴)
出典 時報1524号62頁/タイムズ877号242頁
審級関係
評釈論文
判決理由 〔労働契約-労働契約上の権利義務-競業避止義務〕
 雇傭契約終了後の競業避止義務は、法令に別段の定めがある場合、及び、当事者間に特約がなされた場合に合理的な範囲内でのみ認められるものであり、右の競業避止義務が認められない場合は、元従業員等が退職後に従前勤務していた会社と同種の業務に従事することは、原則として自由である。しかしながら、元従業員等の競業行為が、雇傭者の保有する営業秘密について不正競争防止法で規定している不正取得行為、不正開示行為等(同法二条一項四号ないし九号参照)に該当する場合はもとより、社会通念上自由競争の範囲を逸脱した違法な態様で雇傭者の顧客等を奪取したとみられるような場合、あるいは、雇傭者に損害を加える目的で一斉に退職し会社の組織的活動等が機能しえなくなるようにした場合等も、不法行為を構成することがあると解すべきである。
 1 そこで、本件についてこれをみてみるに、被告らは、原告との間で退職後の競業避止義務を負う旨合意していなかったこと、並びに、被告Y1及び被告らライダーは、原告と雇傭契約を締結した従業員ですらなかったことは前記のとおりである。
 2 次に、被告らの本件競業行為が、社会通念上自由競争の範囲を逸脱した違法な行為であるか否かについて判断する。
 前記認定事実によれば、被告Y2を除く被告らは、二か月余りの間に相次いで原告を辞め、その結果、原告は、ライダーの数が足りず、一時経営上の困難に遭遇したこと、及び、被告らないし被告会社の競業行為により、原告がその得意先の一部を失ったことは否定し得ないところである。
 しかしながら、被告らライダー及び被告Y3ら三名が相次いで原告を辞める発端となったのは、被告Y1が退職したことであるところ、その原因は、原告代表者が、当時の原告の内勤の従業員やライダーらに十分相談することもなく、突如Aをライダーとして復帰させるとともに、被告Y1を原告の責任者という立場から内勤とライダーの兼務という立場に降格させるという措置をとったことにある。元来、原告代表者は、個人としてトラック運送業の仕事をしており、原告にはあまり出勤せず、会社の内情にも必ずしも精通していなかったのであるから、このような措置をとるに当たっては会社内の状況をよく把握している者から事情を聞き、また当事者である被告Y1からも十分意見を聞くなどしてから行うべきところ、そのようなことをした形跡はなく、また、当時原告の業績は、被告Y1が責任者となる前に比べて順調であり、殊更、被告Y1を事実上降格するような理由がないと思われることからすると、そのような措置自体の合理性が疑われるところであり、原告代表者が右措置の合理性を被告らライダーや被告Y3ら三名に十分説明できなかったことが右被告らの退職を招いた大きな原因であったものと認められる。
 そして、前記認定のとおり、被告らが退職に際し原告の取引先一覧表やその他の書類を持ち出してはいないこと、及び、原告の顧客等に対し営業活動を行うにあたって、原告が主張するような原告の信用を害する虚偽事実の陳述行為をしたと認めるに足りる証拠がないこと、また、バイク便事業は、競争が厳しく、正確かつ迅速に仕事を処理する会社に仕事が発注されるものであり、他社に仕事を取られることは珍しいことではないこと、さらに、ライダーは、その身分が不安定であり、もともと特定のバイク便会社に長期間勤務するかどうかについては不確定な立場であって、個々のライダーが原告を辞めて他のバイク便会社へ移ることについては、基本的には何の制約もないものであること等の本件の具体的な諸事情を全体的に考察すれば、まず、被告らライダーが、前記のような原告代表者によって生じた原告の会社内部の混乱と不安から二か月余りの期間に次々に原告を辞めていったこと、及び、その後、バイク便業を継続したり、新会社を設立したことは、社会通念上自由競争の範囲を逸脱した行為とみることはできない。〔中略〕
 さらに、原告の内勤の従業員であった被告Y3ら三名も、前記のとおり、原告との雇傭契約において、退職後の競業避止義務を負っていたわけではなく、原告代表者が被告Y1を退職させ、Aをライダーに復帰させたことにより生じた原告内部の不安や混乱を原因として、原告を辞めていったものであること、また、前記のとおり、被告Y3ら三名が故意に原告に損害を加える目的で原告のライダーを集団で引き抜いたわけではなく、ライダーらは、原告社内の混乱に嫌気がさして自発的に原告を辞めていったものであること、さらに、被告Y3は、前記のとおり、平成二年一一月末ころ、同年一二月二五日に退職する旨を伝えていたものの、後任者への引き継ぎのために、同三年一月二五日まで延長して原告へ勤務し、原告の内勤業務に支障が生じないように退職の時期を当初の予定より遅らせていること、さらに、被告Y4は、原告を平成二年一二月一一日に辞めているものの、被告会社に勤務したのは同三年三月下旬になってからであり、他の被告らと異なり被告会社の設立には関与しておらず、被告会社の取締役でもないこと、以上によれば、被告Y3ら三名の被告会社の設立ないし競業行為は、社会通念上自由競争の範囲を逸脱した違法な行為であると認めることはできない。
 さらに、被告Y2は、前記のとおり、平成二年八月で原告の監査役の職務を辞し、その後、原告との関係はなかったものであり、同人について退職後の競業避止義務があったと認めることもできない以上、同被告の被告会社設立行為、競業行為も特段違法なものとはいえない。
 また、被告会社は、原告と同種のバイク便業務を営むことについては何らの法的制約もなく、右業務を自由に遂行できるものであるから、被告会社による競業行為については、格別違法性はない。また、被告会社について原告が主張するような虚偽事実の陳述行為についてもこれを認めるに足りる証拠がないことは前記のとおりである。
 以上によれば、被告ら及び被告会社の行為は、いずれも社会通念上自由競争の範囲を逸脱する違法な行為であるということはできず、原告の不法行為に基づく損害賠償請求は、その余の法人格否認の法理、民法七一五条、四四条一項等の主張について判断するまでもなく理由がない。