全 情 報

ID番号 06501
事件名 遺族補償費等不支給処分取消請求控訴事件
いわゆる事件名 尼崎労働基準監督署長(交安タクシー)事件
争点
事案概要  隔日勤務のタクシー乗務員が電柱に車体をぶつけた状態で意識を失っているところを発見され脳出血と診断されたが二週間後に心衰弱で死亡したケースで、遺族が、労基署長の労災保険の遺族補償給付の不支給処分の取消を求めた事例。
参照法条 労働基準法79条
労働基準法施行規則別表1の2第3号
労働者災害補償保険法12条の8
体系項目 労災補償・労災保険 / 業務上・外認定 / 業務起因性
労災補償・労災保険 / 業務上・外認定 / 脳・心疾患等
裁判年月日 1995年2月17日
裁判所名 大阪高
裁判形式 判決
事件番号 平成6年 (行コ) 22 
裁判結果 棄却
出典 労働判例676号76頁
審級関係 一審/06253/神戸地/平 6. 3.11/平成2年(行ウ)7号
評釈論文
判決理由 〔労災補償・労災保険-業務上・外認定-業務起因性〕
 被災労働者の遺族に対して労災保険法上の保険給付が行われるのは、「労働者が業務上死亡した場合」であり(労災保険法一二条の八第二項、労働基準法七九条、八〇条)、「労働者が業務上死亡した場合」とは、労働者が業務により負傷し、又は疾病にかかり、右負傷又は疾病により死亡した場合をいい、業務により疾病にかかったというためには、疾病と業務との間に相当因果関係のあることが必要であるが、右の相当因果関係があるというためには、必ずしも業務の遂行が疾病発症の唯一の原因であることを要するものではなく、当該被災労働者が有していた既存の疾病(基礎疾病)が条件となっている場合であっても、業務の遂行が右基礎疾病を自然的経過を超えて増悪させた結果、より重篤な疾病を発症させて死亡の時期を早める等、業務の遂行がその基礎疾病と共働原因となって死の結果を招いたものと認められる場合には、相当因果関係が肯定されると解するのが相当である。
 なお、控訴人は、本件のような脳血管疾患の場合の業務起因性の認定は基準によるべきであると主張するが、基準は、業務上外認定処分を所管する行政庁が処分を行う下部行政機関に対して、行政の適正、迅速処理のための運用の基準を示した通達であって、業務外認定処分取消訴訟における業務起因性の判断について、裁判所を拘束するものではないから、控訴人の右主張は採用することができない。〔中略〕
 労働基準法及び労災保険法による労働者災害補償制度の趣旨は、労働に伴う災害が生じる危険性を有する業務に従事する労働者について、右業務に内在ないし随伴する危険性が発現し、労働災害が生じた場合に、使用者の過失の有無にかかわらず、被災者の損害を填補するとともに、被災者及びその遺族の生活を保障しようとすることにあると解される。そして、労災補償の要件として、労働基準法七七ないし八〇条等において「業務上負傷し、又は疾病にかかり」、「業務上死亡した場合」と規定し、労災保険法一条において「業務上の事由により」と規定するほか、何ら特別の要件を規定していないことからすると、業務と死傷病との間に業務起因性があるというためには、前記一項において判示したとおり、当該業務により通常死傷病等の結果発生の危険性が認められること、すなわち、業務と死傷病との間に相当因果関係の認められることが必要であり、かつ、これをもって足りるものと解される。したがって、前記一において判示したとおり、死亡が必ずしも業務の遂行を唯一の原因とする必要はなく、当該労働者の素因や基礎疾病が原因となって死亡した場合であっても、業務の遂行が当該労働者にとって精神的・肉体的に過重負荷となり、基礎疾病を自然的経過を超えて急激に増悪させて死亡の時期を早めるなど基礎疾病と共働原因となって死亡の結果を発生させたと認められる場合には、右死亡は「業務上の死亡」であると認めるのが相当であり、このように解するのが労働基準法及び労災保険法の趣旨・目的に適うものであると考えられる。また、基準が本件処分取消訴訟における相当因果関係の存否の判断を直接拘束するものでないことは既に説示したとおりである。したがって、控訴人の右主張は採用することができない。
〔労災補償・労災保険-業務上・外認定-脳・心疾患等〕
 前記争いのない事実及び前記認定事実によれば、隔日勤務の場合は、一日の乗車時間及び走行距離が長くなり、深夜まで勤務が続く反面、翌日が非番になり、休息を取り得る時間も長くなるといえるものの、深夜労働を伴う長時間の勤務は、昼は働き夜は休息するという人間の自然な生活リズムに反する面があることは否めず、さらに、同業のタクシー会社において、公休を増やしている上、高齢者又は体力の劣る者が日勤業務に従事していることに徴しても、会社における六ないし七当務連続という隔日勤務は、健康な乗務員にとってもかなり重い勤務であるというべきであるから、非番の日では疲労回復が十分でなく、疲労が蓄積する傾向があると考えられ、このことからも、Aのように年齢も高く高血圧症の基礎疾病を有する者にとっては、隔日勤務は過重な勤務であったと認められる。
 特に、前認定の昭和六〇年一月中旬におけるAの勤務のような実質九当務連続の勤務は、勤務の翌日が非番であっても、それだけでは疲労を回復するに足りず、このような隔日勤務を連続することは、Aのような基礎疾病を有する者にとっては、過重な負担であったと認めるのが相当である。〔中略〕
 本件は、高血圧症の基礎疾病を有してはいたものの、さほど重篤なものではなく、しかも昭和五九年一一月初めころにおいても、投薬の必要はないものとして、生活指導を受けたに止まるAが、酒、煙草を嗜まないのに、隔日勤務変更の二か月後に脳出血を発症したものであるところ、前記のとおり右発症前の業務がAにとって過重であったことを考慮すると、Aがその基礎疾病の自然的経過によって脳出血を発症したものとは考え難い。むしろ、前記認定にかかるAの年齢、健康状況、基礎疾病の内容・程度、業務の変更とその勤務状況及び変更後本件発症から死亡に至る経過を総合すると、Aは、隔日勤務に変わってから年末年始の最多忙時における職務の遂行による持続的な肉体的・精神的疲労及びストレスが、同人の基礎疾病を自然的経過を超えて増悪させる大きな要因となり、そのため隔日勤務のタクシー乗務中に血圧の上昇を来たし、脳内小動脈瘤が上昇した血圧に耐えられなくなって脳出血が発症し、死亡するに至ったものと認めるのが相当である。〔中略〕
 以上によれば、本件発症はAの基礎疾患と業務が共働の原因となって生じたものと認められるから、本件発症には業務起因性があり、したがって、Aの死亡は業務と相当因果関係があると認めるのが相当である。