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ID番号 06540
事件名 損害賠償請求事件
いわゆる事件名 筑豊じん肺訴訟
争点
事案概要  炭坑において粉じん作業に従事し、じん肺に罹患した従業員らが、炭坑を経営していた企業等に対して安全配慮義務違反を理由として損害賠償を請求した事例。
参照法条 民法415条
民法719条1項
民法166条1項
労働者災害補償保険法12条の8
労働基準法84条2項
体系項目 労働契約(民事) / 労働契約上の権利義務 / 安全配慮(保護)義務・使用者の責任
労災補償・労災保険 / 損害賠償等との関係 / 労災保険と損害賠償
裁判年月日 1995年7月20日
裁判所名 福岡地飯塚支
裁判形式 判決
事件番号 昭和60年 (ワ) 211 
昭和61年 (ワ) 14 
昭和61年 (ワ) 72 
昭和62年 (ワ) 115 
平成5年 (ワ) 16 
裁判結果 一部認容,一部棄却(控訴)
出典 時報1543号3頁/タイムズ898号61頁/訟務月報43巻2号337頁
審級関係
評釈論文 稲葉一人・法律のひろば49巻2号42~50頁1996年2月
判決理由 〔労働契約-労働契約上の権利義務-安全配慮(保護)義務・使用者の責任〕
 一般に雇用契約関係にある当事者間では、使用者は従業員に対し、信義則上、雇用契約上の付随義務として、従業員が労務に従事するに際し、その生命及び健康等を危険から保護するよう配慮すべき義務(安全配慮義務)を負っているものと解することができる。そして右安全配慮義務の具体的内容程度は、当該労働者の職種、作業内容、作業環境、その作業による事故、疾病等の危険発生のおそれの程度及び社会的認識、危険発生を回避する手段の存否及び内容等、安全配慮義務が問題となる当該具体的状況等によって異なるべきものであるところ(最高裁昭和五九年四月一〇日判決・民集三八巻六号五五七頁参照)、本件は、原告らが被告に対し、本件従業員らが被告六社において粉じん作業に従事したことにより、じん肺に罹患したとして、安全配慮義務違反に基づく損害賠償を求める事案であるから、その具体的内容、程度は、本件従業員らが従事した粉じん作業の内容、その作業環境、じん肺に関する医学的知見、じん肺防止に関する工学的技術水準、法制及び行政の状況等を総合考慮して確定されるところである。〔中略〕
 2 したがって、被告六社は、本件従業員のうち、それぞれ当該被告企業に在籍する者がじん肺に罹患するに至った場合において、雇用契約に基づく安全配慮義務の全部又は一部の履行を怠った事実のあるときには、債務不履行があるものというべきであり、被告六社において、この不履行につき、民法四一五条所定の「責ニ帰スヘキ事由」のないことを主張、立証しない限り、本件従業員がじん肺に罹患したことにより被った損害を賠償すべき責任を免れえないものというべきである。そして、被告六社において、右の「責ニ帰スヘキ事由」がないというためには、右不履行について故意、過失又は信義則上これと同視すべき事由がないこと、本件に即していえば、被告六社が現にとった諸種のじん肺防止対策が当時の実践可能な最高の工学的水準に基づく防じん対策を下回らないこと、及び被告六社が右の実践可能な最高の工学的技術水準に基づく防じん対策をとっても、なお、じん肺の発生を予見することができず、これを回避することができないこと、又は右最高水準の対策をとることが企業存立の基礎をゆるがす程度に経済的に実施不可能であるなど、やむをえない事情があることを具体的に主張、立証することが必要であるというべきである。
 四 下請企業の労働者に対する注文者の安全配慮義務
 粉じん作業雇用契約の内容は右のように解すべきところ、この理は、労働者と直接粉じん作業雇用契約を締結した者との間に限られず、労働者を自己の支配下に従属させて常時粉じん作業に関する労務の提供を受ける粉じん作業事業者等、右労働者との間に実質的な使用従属関係がある者との間においても妥当するものというべきであるから、右の実質的粉じん作業使用者も、信義則上、粉じん作業労働者に対し、粉じん作業雇用契約に基づく付随的な安全配慮義務と同一の性質及び内容の義務を負うものというべきであり、実質的粉じん作業使用者は、右安全配義務の履行を怠った結果、粉じん作業労働者がじん肺に罹患したことにより被った損害を賠償すべき責任があるというべきである。
〔労災補償・労災保険-損害賠償等との関係-労災保険と損害賠償〕
 一 労災保険法による保険給付の実質は、使用者の労働基準法上の災害補償義務を政府が保険給付の形式で行なうものであるが、右保険給付の原因となる事由が使用者の行為によって惹起され、使用者が右行為によって生じた損害につき損害賠償責任を負うべき場合において、政府が被害者に対し労災保険法に基づく保険給付をしたときは、被害者は使用者に対し取得した損害賠償請求権は、右保険給付と同一の事由(労働基準法八四条二項、労災保険法附則六四条)については損害の填補がされたものとして、その給付の価値の限度において減縮するものと解されるところ(最高裁昭和五〇年オ第六二一号同五二年一〇月二五日第三小法廷判決・民集三一巻六号八三六頁参照)、右にいう保険給付と損害賠償とが「同一の事由」の関係にあるとは、保険給付の趣旨、目的と民事上の損害賠償とのそれとが一致すること、すなわち、保険給付の対象となる損害と民事上の損害賠償とが同性質であり、保険給付と損害賠償とが相互補完性を有する関係にある場合をいうものと解するのが相当であって、単に同一の事故から生じた損害であることをいうものではない。そして、前示の同一の事由の関係にあることを肯定することができるのは、民事上の損害賠償の対象となる損害のうち、労災保険法による休業補償給付、傷病補償年金、遺族補償年金が対象とする損害と同性質である財産的(物質的)損害のうちの消極損害(いわゆる逸失利益)のみであって、財産的損害のうちの積極損害及び精神的損害(慰謝料)は右の保険給付が対象とする損害とは同性質とはいえないものということができる(最高裁昭和五八年オ第一二八号同六二年七月一〇日第二小法廷判決・民集四一巻五号一二〇二頁参照)。 本件において原告らが賠償を請求する損害は、前記のとおり、精神的損害(慰謝料)であると解されるから、原告ら本件従業員又は遺族原告がすでに受領し、又は将来受領すべき前記労災保険給付等を右損害から控除することは許されない。
 二 次に、厚生年金保険法に基づく保険制度は、労働者の老齢、障害又は死亡の事由があるときに保険給付を行い、労働者及びその遺族の生活の安定と福祉の向上に寄与することを目的とするものであって、そのうち障害年金、遺族年金については、損害填補の性質をも有することは否定できないが、填補の対象は財産上の損害中の消極的損害に限られ、財産上の損害中の積極的損害又は精神的損害には及ばないから、原告ら本件従業員又は遺族原告がすでに受領し、又は将来受領すべき右厚生年金保険給付等を右損害から控除することは許されない。