全 情 報

ID番号 06591
事件名 懲戒処分無効確認等請求控訴事件
いわゆる事件名 時事通信社事件
争点
事案概要  年次有給休暇の権利は、労働基準法三九条一、二項の要件の充足により法律上当然に生じ、労働者がその有する年次有給休暇の日数の範囲内で始期と終期を特定して休暇の時季指定をしたときは、使用者が適法な時季変更権を行使しない限り、右の指定によって労働者の就労義務が消滅するとした事例。
 記者が約一か月の連続した休暇を指定したことに対し、後半の二週間について時季変更権を行使した場合につき、労働者が使用者との調整をせずに長期かつ連続の休暇を指定したときは、時季変更権の行使について使用者にある程度の裁量的余地が認められるとして、本件時季変更権の行使を適法とし、けん責処分、および賞与の減額は有効とした事例(差戻審)。
 労働者の長期かつ連続の年休指定に対して時季変更権を行使し、無断欠勤としてけん責処分に付したことが不当労働行為にはあたらないとした事例。
参照法条 労働基準法(旧)39条3項
体系項目 年休(民事) / 年休権の法的性質
年休(民事) / 時季変更権
懲戒・懲戒解雇 / 懲戒事由 / 職務懈怠・欠勤
裁判年月日 1995年11月16日
裁判所名 東京高
裁判形式 判決
事件番号 平成4年 (ネ) 2470 
裁判結果 棄却
出典 時報1554号26頁/タイムズ905号174頁/労働判例686号38頁/労経速報1591号15頁
審級関係 上告審/05931/最高三小/平 4. 6.23/平成1年(オ)399号
評釈論文
判決理由 〔年休-年休権の法的性質〕
 年次有給休暇の権利は、労働基準法三九条一、二項の要件の充足により法律上当然に生じ、労働者がその有する年次有給休暇の日数の範囲内で始期と終期を特定して休暇の時季指定をしたときは、使用者が適法な時季変更権を行使しない限り、右の指定によつて、年次有給休暇が成立して当該労働日における就労義務が消滅するものである。
〔年休-時季変更権〕
 同条の趣旨は、使用者に対し、できる限り労働者が指定した時季に休暇を取得することができるように、状況に応じた配慮をすることを要請しているものと解すべきであつて、そのような配慮をせずに時季変更権を行使することは、右の趣旨に反するものといわなければならない。しかしながら、使用者が右のような配慮をしたとしても、代替勤務者を確保することが困難であるなどの客観的な事情があり、指定された時季に休暇を与えることが事業の正常な運営を妨げるものと認められる場合には、使用者の時季変更権の行使が適法なものとして許容されるべきことは、同条三項ただし書の規定により明らかである。
 労働者が長期かつ連続の年次有給休暇を取得しようとする場合においては、それが長期のものであればあるほど、事業の正常な運営に支障を来す蓋然性が高くなり、使用者の業務計画、他の労働者の休暇予定等との事前の調整を図る必要が生ずるのが通常である。しかも、使用者にとつては、労働者が時季指定をした時点において、事業活動の正常な運営の確保にかかわる諸般の事情について、これを正確に予測することは困難であり、当該労働者の休暇の取得がもたらす事業運営への支障の有無、程度につき、蓋然性に基づく判断をせざるを得ないことを考えると、労働者が、右の調整を経ることなく、その有する年次有給休暇の日数の範囲内で始期と終期を特定して長期かつ連続の年次有給休暇の時季指定をした場合には、これに対する使用者の時季変更権の行使については、使用者にある程度の裁量的判断の余地を認めざるを得ない。もとより、使用者の時季変更権の行使に関する右裁量的判断は、労働者の年次有給休暇の権利を保障している労働基準法三九条の趣旨に沿う、合理的なものでなければならないことはいうまでもない。
 右の見地に立つて、本件をみるのに、前記の事実関係によれば、次のことが明らかである。(1) 控訴人は被控訴人の本社第一編集局社会部の記者として科学技術記者クラブに単独配置されており、担当すべき分野は、多方面にわたる科学技術に関するものであり、原子力発電所の事故が発生した場合の事故原因や安全規制問題等についての技術的解説記事がその担当職務であつて、その取材活動、記事の執筆には、ある程度の専門的知識が必要であり、控訴人も、昭和五五年八月当時には、右担当分野につき、相当の専門的知識、経験を有していたことから、社会部の中から控訴人の担当職務を支障なく代替し得る勤務者を見いだし、長期にわたつてこれを確保することは相当に困難である。(2) 当時、被控訴人の社会部においては、外勤記者の記者クラブ単独配置、かけもち配置がかなり行われており、控訴人が右記者クラブに単独配置されていることは、異例の人員配置ではなく、これは、被控訴人が官公庁、企業に対する専門ニユースサービスを主体としているため、新聞、放送等のマスメデイアに対する一般ニユースサービスのための取材を中心とする社会部に対する人員配置が若干手薄とならざるを得なかつたとの企業経営上のやむを得ない理由によるものであり、年次有給休暇取得の観点のみから、控訴人の右単独配置を不適正なものと一概に断定することは適当ではない。(3) 控訴人が当初年次有給休暇の時季指定をした期間は昭和五五年八月二〇日から同年九月二〇日までという約一箇月の長期かつ連続したものであり、控訴人は、右休暇の時期及び期間について、被控訴人との十分な調整を経ないで本件休暇の時季指定を行つた。(4) 被控訴人のA社会部長は、控訴人の本件年次有給休暇の時季指定に対し、一箇月も専門記者が不在では取材報道に支障を来すおそれがあり、代替記者を配置する人員の余裕もないとの理由を挙げて、控訴人に対し、二週間ずつ二回に分けて休暇を取つてほしいと回答した上で、本件時季指定に係る同年八月二〇日(ただし、同月二二日に変更)から九月二〇日までの休暇のうち、後半部分の九月六日以降についてのみ時季変更権を行使しており、当時の状況の下で、控訴人の本件時季指定に対する相当の配慮をしている。
 これらの諸点にかんがみると、昭和五五年七、八月当時の状況の下において、被控訴人が、控訴人に対し、本件時季指定どおりの長期にわたる年次有給休暇を与えることが「事業の正常な運営を妨げる場合」に該当するとして、その休暇の一部について本件時季変更権を行使したことは、その裁量的判断が、労働基準法三九条の趣旨に反する不合理なものであるとはいえず、同条三項ただし書所定の要件を充足するものというべきであるから、これを適法なものと解するのが相当である。
〔懲戒・懲戒解雇-懲戒事由-職務懈怠・欠勤〕
 被控訴人が控訴人に対してした本件時季変更権の行使が労働基準法三九条の趣旨に反する不合理なものということができず、同条三項ただし書所定の要件を充足する適法なものであることは、前示のとおりであり、また、控訴人と同じ昭和五五年八、九月に休暇日数二一日及び二二日の年次有給休暇を請求したB記者及びC記者は、いずれも控訴人と同じ労働者委員会の活動家であつたが、被控訴人はこれら両名の有給休暇の請求に対しては事業運営上格別の支障がないとして時季変更権を行使しなかつたことをも含め本件に現れた諸事情を総合して勘案すれば、被控訴人が控訴人の本件有給休暇の請求に対して時季変更権を行使したことが不当労働行為に当たるということはできないものというべきである。