全 情 報

ID番号 06718
事件名 転勤命令無効確認請求事件/損害賠償請求事件
いわゆる事件名 帝国臓器事件
争点
事案概要  医薬品の製造販売会社に勤務する医薬情報担当者が、東京から名古屋へ転勤命令を受け、単身赴任を余儀なくされたとして、右転勤命令の違法・無効を理由に債務不履行あるいは不法行為による損害賠償を請求した事例。
参照法条 労働基準法2章
民法709条
民法90条
体系項目 配転・出向・転籍・派遣 / 配転命令の根拠
配転・出向・転籍・派遣 / 配転命令権の限界
裁判年月日 1993年9月29日
裁判所名 東京地
裁判形式 判決
事件番号 昭和61年 (ワ) 757 
昭和62年 (ワ) 6677 
裁判結果 棄却(控訴)
出典 労働民例集47巻3号223頁/時報1485号122頁/タイムズ831号269頁/労働判例636号19頁/労経速報1507号3頁
審級関係 控訴審/06813/東京高/平 8. 5.29/平成5年(ネ)4034号
評釈論文 香川孝三・ジュリスト1054号117~120頁1994年10月15日
判決理由 〔配転・出向・転籍・派遣-配転命令の根拠〕
〔配転・出向・転籍・派遣-配転命令権の限界〕
 被告会社とXとの労働契約及び被告会社の就業規則には、被告会社は業務上の都合により従業員に転勤を命ずることができる旨の定めがあり、現に被告会社では、全国に十数か所の営業所等を置き、その間において医薬情報担当者の全国レベルの転勤を頻繁に行なっており、Xは医薬情報担当者として被告会社に入社したもので、両者の間で労働契約が成立した際にも勤務地を東京に限定する旨の合意をしたことはないのであるから、被告会社は個別的合意なしにXの勤務場所を決定し、これに転勤を命じることができるものというべきであり、(一)の事実のみにより、組合員の転勤については組合の承認を得なければ発令できないとする慣行があったと認めることはできない。また、被告会社が組合に対しAの人事異動の通知をしなかったのは、被告会社が同人に対する内示を撤回したからであり、右事実をもって、被告会社が人事異動の発令をする場合に本人の同意がない限り組合にその人事異動を通知しないという慣行の例であったものと認めることはできないし、Xに対する昭和四八年九月の内示に関するその後の経緯をもって、右慣行の存在を認めることもできない。〔中略〕
 被告会社及びXが右不利益を軽減、回避するためにそれぞれ採った措置の有無・内容についてみると、(1) 被告会社は、医薬情報担当者の住所の移転を伴う転勤の場合、家族帯同が望ましいものと考えており、例外的な単身赴任に対する別居手当は、配偶者の勤務の継続を理由として支給する例はなかったが、Xに対しては特別に一年間に限り月額一万二二〇〇円ないし一万五〇〇〇円を支給し、また、Xの名古屋における住居として単身赴任者用住宅を提供し、さらに、Xが家族帯同を選択した場合には、被告会社において、名古屋での住居は社宅として確保し、川崎の持家の方の管理活用はXの利益に沿うよう措置する旨の申出をし、(2) X及びBは、Bが被告会社を退職して名古屋で新しい職を探そうとしてもパートか現在より悪い労働条件となるうえ、保育園の確保や二重保育方法に困難があると予想し、実際に、名古屋でのBの職探し、C及びDの保育園確保のための努力をしたわけではないが、家庭の事情を話せば被告会社が転勤内示を撤回してくれるであろうと判断し、組合の支援も得られず、被告会社がこれに応じないことが明確となって、やむなく単身赴任を選択したものということができる。
 (六) 以上、被告会社の業務の必要性、Xの受けた経済的・社会的・精神的不利益の程度、被告会社及びXが右不利益を軽減、回避するためにそれぞれ採った措置の有無・内容を前提に判断するに、まず、本件転勤命令は、被告会社において医薬情報担当者に対して長年実施されてきて有用ないわゆるローテーション人事施策の一貫として行なわれたものとして、被告会社の業務の必要性があり、Xにとっては、被告会社に勤務を続ける以上はローテーション人事により住所の移転を伴う転勤をする時期が既に到来しており、遅かれ早かれ転勤することを覚悟していて当然であり、転勤先が東京から新幹線で二時間の名古屋という比較的便利な営業所であってみれば、これによって通常受ける経済的・社会的・精神的不利益は甘受すべきであり、Bが被告会社川崎工場に勤務し続ける以上は単身赴任をせざるを得ないものというべきである。他方、被告会社は、Xに家族用社宅ないし単身赴任用住宅を提供し、従前の例にこだわらず別居手当を支給し、持家の管理運用を申し出るなど、就業規則の範囲内で単身赴任、家族帯同赴任のいずれに対しても一応の措置をしたものということができるところ、本件転勤命令において被告会社のとった対応だけでは社会通念上著しく不備であるとはいえない。そうすると、結局、被告会社の業務の必要性の程度に比し、Xの受ける経済的・社会的・精神的不利益が労働者において社会通念上甘受すべき程度を著しく超えるものと認めることはできないというべきである。
 よって、Xには本件転勤命令を拒否する正当な理由があるということはできないというべきである。〔中略〕
 (一) Xは、本件転勤命令が、Xの単身赴任を余儀なくし、Bと同居して子供を養育監護することを困難にし、家族生活を営む基本的人権を侵害したもので、「女子に対するあらゆる形態の差別の撤廃に関する条約」等の趣旨に反するものであると主張するが、本件転勤命令は前記のとおり労働契約、就業規則に違反するものではなく、また、これによってXが家族を右転勤先に帯同しないで単身赴任したのは、XとBの選択によるものであり、その結果家族が同居できなくなったからといって、本件転勤命令が公序良俗に違反して無効であるとすべき理由はない。
 (二) もっとも、Xが家族帯同して赴任する場合は、Bは被告会社を退職しなければならず、共働きを継続するには名古屋で新たに職を探す必要があるが、前記のとおり、Bは、名古屋で再就職するのは難しく、仮にできても収入が大幅に減り、労働条件も悪くなると予想し、現実に名古屋での職探しをしなかったというものであるところ、Bの業務内容及び収入程度に鑑みると、多少条件が悪くなるとしても従前の仕事にかわる職を探すことが不可能であるとまでは認めがたいし、一般的に既婚女性の再就職が困難ないし悪条件であることは否定できないとしても、それが故に、本件転勤命令が公序良俗に違反して無効であるとすることはできない。〔中略〕
 右原告らは、本件転勤命令は、Xの単身赴任を余儀なくし、夫婦・親子が同居し、家族生活を営む権利、夫婦が協力して子を養育する権利、子供が両親から養育を受ける権利という基本的人権を侵害するものであると主張するが、原告ら家族の諸々の不利益を考慮した上でなお本件転勤命令が適法なものであることはXの請求に対する判断において説示したとおりであり、本件転勤命令に基づきXが名古屋に単身赴任することを選択したものである。したがって、家族が同居していた当時に亨受していた家庭生活上の安定が損われ、監護養育環境が変ったからといって本件転勤命令に違法があるとはいえないから、右原告らの請求は理由がない。