全 情 報

ID番号 06743
事件名 損害賠償請求事件
いわゆる事件名 安田火災海上保険・日動火災海上保険事件
争点
事案概要  労働災害に伴う民事損害賠償と労災保険給付の関係につき、労災保険給付の将来給付分及び特別支給金は損害賠償から控除すべきでないとした事例。
参照法条 労働者災害補償保険法21条
労働者災害補償保険法23条
労働者災害補償保険法12条の4
民法709条
体系項目 労災補償・労災保険 / 損害賠償等との関係 / 労災保険と損害賠償
裁判年月日 1995年11月14日
裁判所名 東京地
裁判形式 判決
事件番号 平成5年 (ワ) 18465 
裁判結果 一部認容(確定)
出典 タイムズ904号177頁/交通民集28巻6号1573頁
審級関係
評釈論文 竹内純一・交通事故裁判の10年〔判例タイムズ臨時増刊1033〕186~188頁2000年8月
判決理由 〔労災補償・労災保険-損害賠償等との関係-労災保険と損害賠償〕
 四 損害填補等
 1 自賠責保険等
 前示のとおり、原告Xは、被告Y1から六〇〇万円の填補を受け、また、被告Y2保険株式会社から、自賠責保険金として、二五〇〇万円の填補を受けており、その合計額は三一〇〇万円である。
 2 労災保険金
 (一) 横浜西労働基準監督署長に対する調査嘱託の結果によれば、原告Xは平成五年七月九日に治癒(症状固定)した後、死亡に至るまで障害年金として年額二〇五万〇〇〇〇円、障害特別年金として年額五六万一八〇〇円を現に受け、また、将来受け得ることが認められる。このうち、障害特別年金については、福祉事業の一環として支給されるものであって、保険給付ではなく政府の代位取得はないことから、損害の填補性は否定すべきであり、障害年金の填補のみが問題となる。
 (二) この点、被告らは、障害年金の既受給分のみならず、将来分も含めて逸失利益から控除すべきであると主張する。
 労働者が、通勤途上で第三者の行為によって生じた事故により障害を負った場合には、第三者に対して損害賠償請求権を有するのみならず、政府からは労災保険給付金たる障害給付金を得ることができるところ、両者は相互に補完しあう関係となり、労働者が政府から労災保険給付を得た場合には、その給付の限度で第三者に対する損害賠償請求権は減縮することとなり(最高裁昭和六二年五月二七日第三小法廷判決・民集三一巻三号四二七頁参照)、また、当該給付を得たものと同視し得る程度にその履行が確実であるという場合も同様と解すべきである(最高裁平成五年三月二四日大法廷判決・民集四七巻四号三〇三九頁参照)。
 しかし、現実の給付又はこれと同視し得る程度にその履行が確実であるもの以外については、給付があったものと認めることができないことから、これを予め控除する根拠はないものといわなければならない。この点、被告らは、労働者災害補償保険法(以下、この項において「法」という。)一二条の四は、事故が第三者の行為によって生じた場合における労災保険給付と受給権者の第三者に対する損害賠償請求権の調整のための規則を定めており、この点に関する前示最高裁昭和五二年五月二七日第三小法廷判決の後においても、労災の実務は、労働省の通達(昭和四一年六月一七日基発六一〇号、昭和四三年一二月二三日基発八一〇号)による事故後三年を経過した分については支給停止をしないとの取扱いを維持しているため、障害年金を受給する被害者は二重の利得をすることとなって不合理であり、これを損害賠償請求訴訟において調整すべきであると主張する。しかし、被害者が、政府から労災保険給付を得た場合に、その給付の限度で第三者に対する損害賠償請求権が減縮するのは、代位理論に基づくのであって(最高裁昭和五二年四月八日第二小法廷判決・金融商事判例五二七号二六頁参照)、前説示のとおり、現実に給付されたもの又は給付があったものと同視し得るもの以外は、これを予め控除する根拠はないというべきである。なお、障害年金に関する限りは、事故により被害者の労働能力の全部又は一部が喪失したことに起因する年金であって、労働能力喪失の対価と見ることが可能であることから、障害年金を得る被害者の労働能力の喪失率を障害年金額を加味して認定し、結局、障害年金分については、逸失利益が生じないとすることも考えられないわけではないが、そうすると、障害年金支給分または支給予定分については、民法上、労働者の損害と構成しないこととされ、政府は、労働者に障害年金を支給した場合においても、法一二条の四第一項にかかわらず第三者に対してその求償をすることができなくなる結果となって、著しく不合理であるのみならず、障害等級八級以下の場合に支給される障害補償一時金については、その障害による労働能力喪失割合から算定した逸失利益から同一時金を控除した金額が現実の逸失利益として評価すべきこととなり、損害填補項目や過失相殺のある場合の填補方法についての現在の判例理論と抵触することとなることから、このような考え方も直ちに採用することができない。
 もっとも、労働者がその事業者に対して民事上の損害賠償請求をすることができる場合には、法六四条により、年金給付と損害賠償についての二重払いに関する調整が具体的に図られているのに比して、本件のように加害者が第三者の場合には、労災の実務では前示の取扱いがされていて、被害者が第三者たる加害者から損害賠償金の給付を受けたときは二重利得の可能性のあることは否定できないが、法六四条においても、将来受けるべき労災給付の額を予め損害賠償から控除することまでは認めていないこと、及び、法一二条の四第二項が「政府は、その価額の限度で保険給付をしないことができる」と定めていて、二重給付が廃止される可能性もあることから、労災の実務を根拠として将来受けるべき労災給付の額を予め損害賠償から控除することは相当でない。