全 情 報

ID番号 06785
事件名 地位確認等請求事件
いわゆる事件名 朝日火災海上保険事件
争点
事案概要  労働組合法一七条所定の要件を充たす労働協約により、定年年齢が引き下げられ、退職金が減額されることは著しく不合理であって、非組合員には右労働協約の効力は及ばないとした事例。
 就業規則による退職金規定の不利益変更について、改定前の退職金額を下回るまでに減額する程度において効力を有しないとした事例。
参照法条 労働基準法89条1項3号
労働基準法89条1項3の2号
労働組合法17条
体系項目 就業規則(民事) / 意見聴取
退職 / 定年・再雇用
就業規則(民事) / 就業規則の一方的不利益変更 / 退職金
裁判年月日 1996年3月26日
裁判所名 最高三小
裁判形式 判決
事件番号 平成5年 (オ) 650 
裁判結果 棄却
出典 民集50巻4号1008頁/時報1572号133頁/タイムズ914号82頁/労働判例691号16頁/労経速報1591号3頁/裁判所時報166号6頁
審級関係 控訴審/06716/福岡高/平 4.12.21/平成1年(ネ)417号
評釈論文 奥田香子・平成8年度重要判例解説〔ジュリスト臨時増刊1113〕203~205頁1997年6月/荒木尚志・ジュリスト1098号140~143頁1996年10月1日/高島良一・経営法曹115号26~40頁1996年12月/高木紘一・労働法律旬報1388号6~12頁1996年7月25日/山口浩一郎・ジュリスト1093号78~81頁1996年7月1日/山本吉人・労働判例739号2頁1998年8月1日/小宮文人・法律時報69巻1号127~130頁1997年1月/小俣勝治・季刊労働法179号179~184頁1996年
判決理由 〔就業規則-意見聴取〕
〔退職-定年・再雇用〕
 1 労働協約には、労働組合法一七条により、一の工場事業場の四分の三以上の数の労働者が一の労働協約の適用を受けるに至ったときは、当該工場事業場に使用されている他の同種労働者に対しても右労働協約の規範的効力が及ぶ旨の一般的拘束力が認められている。ところで、同条の適用に当たっては、右労働協約上の基準が一部の点において未組織の同種労働者の労働条件よりも不利益とみられる場合であっても、そのことだけで右の不利益部分についてはその効力を未組織の同種労働者に対して及ぼし得ないものと解するのは相当でない。けだし、同条は、その文言上、同条に基づき労働協約の規範的効力が同種労働者にも及ぶ範囲について何らの限定もしていない上、労働協約の締結に当たっては、その時々の社会的経済的条件を考慮して、総合的に労働条件を定めていくのが通常であるから、その一部をとらえて有利、不利をいうことは適当でないからである。また、右規定の趣旨は、主として一の事業場の四分の三以上の同種労働者に適用される労働協約上の労働条件によって当該事業場の労働条件を統一し、労働組合の団結権の維持強化と当該事業場における公正妥当な労働条件の実現を図ることにあると解されるから、その趣旨からしても、未組織の同種労働者の労働条件が一部有利なものであることの故に、労働協約の規範的効力がこれに及ばないとするのは相当でない。
 しかしながら他面、未組織労働者は、労働組合の意思決定に関与する立場になく、また逆に、労働組合は、未組織労働者の労働条件を改善し、その他の利益を擁護するために活動する立場にないことからすると、労働協約によって特定の未組織労働者にもたらされる不利益の程度・内容、労働協約が締結されるに至った経緯、当該労働者が労働組合の組合員資格を認められているかどうか等に照らし、当該労働協約を特定の未組織労働者に適用することが著しく不合理であると認められる特段の事情があるときは、労働協約の規範的効力を当該労働者に及ぼすことはできないと解するのが相当である。
 これを本件についてみると、前記事実関係によれば、まず、本件労働協約は、被上告人が勤務していた上告人の北九州支店において、労働組合法一七条の要件を満たすものとして、その基準は、原則としては、被上告人に適用されてしかるべきものと解される。〔中略〕
 しかしながら他面、本件労働協約の内容に照らすと、その効力が生じた昭和五八年七月一一日に既に満五七歳に達していた被上告人のような労働者にその効力を及ぼしたならば、被上告人は、本件労働協約が効力を生じたその日に、既に定年に達していたものとして上告人を退職したことになるだけでなく、それと同時に、その退職により取得した退職金請求権の額までもが変更前の退職手当規程によって算出される金額よりも減額される結果になるというのであって、本件労働協約によって専ら大きな不利益だけを受ける立場にあることがうかがわれるのである。また、退職手当規程等によってあらかじめ退職金の支給条件が明確に定められている場合には、労働者は、その退職によってあらかじめ定められた支給条件に従って算出される金額の退職金請求権を取得することになること、退職金がそれまでの労働の対償である賃金の後払的な性格をも有することを考慮すると、少なくとも、本件労働協約を被上告人に適用してその退職金の額を昭和五三年度の本俸額に変更前の退職手当規程に定められた退職金支給率を乗じた金額である二〇〇七万八八〇〇円を下回る額にまで減額することは、被上告人が具体的に取得した退職金請求権を、その意思に反して、組合が処分ないし変更するのとほとんど等しい結果になるといわざるを得ない。加えて、被上告人は、上告人と組合との間で締結された労働協約によって非組合員とするものとされていて、組合員の範囲から除外されていたというのである。以上のことからすると、本件労働協約が締結されるに至った前記の経緯を考慮しても、右のような立場にある被上告人の退職金の額を前記金額を下回る額にまで減額するという不利益を被上告人に甘受させることは、著しく不合理であって、その限りにおいて、本件労働協約の効力は被上告人に及ぶものではないと解するのが相当である。
 なお、本件労働協約においては、定年年齢の統一及び退職金算定方法の変更による労働者の不利益を補てんするために、代償金の支払が合意されているが、本件労働協約又は就業規則の変更による定年年齢の引下げ(被上告人も当審においてこれを争うものではない。)により、被上告人の退職時期は約六年も早まり、定年後の再雇用の余地が残されているとはいうものの、その場合の給与は、前記のとおり従前の給与よりも大きく減額されるなどの事実関係に照らすと、本件労働協約において合意された程度の代償金では、定年年齢の引下げにより被上告人が受ける経済的不利益だけをみても、これを補うに足りず、その支払によって、被上告人に退職金の額を前記金額を下回る額にまで引き下げることによる不利益までも甘受させることはできない。また、退職金の算定方法については、既に昭和四七年以前に鉄道保険部出身の労働者とそれ以外の労働者との間の統一が図られていたのであって、本件労働協約による退職金の算定方法の変更は、労働条件の統一とは別の経営上の必要から合意されたものであるから、労働条件の統一を図る過程で鉄道保険部出身の労働者の労働条件が有利に変更されてきたという所論主張の経緯をもってしても、右判断が左右されるものではない。
〔就業規則-就業規則の一方的不利益変更-退職金〕
 労働者の労働条件を不利益に変更する就業規則が定められた場合においては、その変更の必要性及び内容の両面からみて、それによって労働者が被る不利益の程度を考慮しても、なお当該労使関係における当該条項の法的規範性を是認することができるだけの合理性を有するときに限り、就業規則の変更の効力を認めることができるものと解するのが相当であることは、当審の判例の趣旨とするところである〔中略〕
 これを本件についてみると、前記事実関係の下においては、変更前の退職手当規程に定められた退職金を支払い続けることによる経営の悪化を回避し、退職金の支払に関する前記のような変則的な措置を解消するために、上告人が変更前の退職手当規程に定められた退職金支給率を引き下げたこと自体には高度の必要性を肯定することができるが、退職手当規程の変更と同時にされた就業規則の変更による定年年齢の引下げの結果、その効力が生じた昭和五八年七月一一日に、既に定年に達していたものとして上告人を退職することになる被上告人の退職金の額を前記の二〇〇七万八八〇〇円を下回る額にまで減額する点では、その内容において法的規範性を是認することができるだけの合理性を有するものとは認め難い。そのことは、右1に説示したところに照らして明らかである。したがって、被上告人に対して支払われるべき退職金の額を右金額を下回る額にまで減額する限度では、変更後の退職手当規程の効力を認めることができない。