全 情 報

ID番号 06830
事件名 解雇無効確認等請求事件
いわゆる事件名 中央林間病院事件
争点
事案概要  病院経営者と院長の契約関係につき、勤務日、賃金、税務処理等により、委任契約ではなく雇用契約であるとした事例。
 病院長に対する契約解除は懲戒解雇に当たり、医療機器の無断購入の事実や、名誉毀損に当たる言動もないとして、右懲戒解雇を無効とした事例。
 病院長の懲戒解雇につき、就業規則上の懲戒委員会が開催されておらず、手続面でも重大な瑕疵があり、右懲戒解雇を無効とした事例。
参照法条 労働基準法89条1項9号
民法1条3項
民法643条
体系項目 労基法の基本原則(民事) / 労働者 / 委任・請負と労働契約
懲戒・懲戒解雇 / 懲戒事由 / 始末書不提出
懲戒・懲戒解雇 / 懲戒手続
裁判年月日 1996年7月26日
裁判所名 東京地
裁判形式 判決
事件番号 平成5年 (ワ) 11827 
裁判結果 認容
出典 労働判例699号22頁/労経速報1608号14頁
審級関係
評釈論文
判決理由 〔労基法の基本原則-労働者-委任・請負と労働契約〕
 2 本件契約の性質
 雇用契約と委任契約とは、いずれも他人の労務の利用を目的とする契約であるという点において共通するが、ある契約がそのいずれに当たるのかについては、使用従属関係の有無により判断するべきと解される。原告は、A病院の「院長」という肩書を与えられてはいたものの、右に認定した事実関係によれば、同病院の実権はほぼ全面的に被告が掌握しており、被告は自分が実質的な経営者であると認識し、原告も被告を経営者と認めて、事務的な事項や人事については、管理会議の席上で発言の機会を有していた以外には関与せずに被告に任せ、自らは専ら被告の指示の下に診療を中心とした業務をしていたに過ぎないのであるから、被告と原告との間には使用従属関係が認められ、本件契約の法的性質は雇傭契約であると認めるのが相当である。もっとも、(人証略)の証言によれば、原告の給料は、被告よりも高額であったことが、又、弁論の全趣旨によれば、原告の労務は、代替性が乏しいものであったことがそれぞれ認められるが、これらは、雇用契約の成立を妨げる絶対的な理由となるものではないので、これらの点を考慮しても、本件契約の性質を雇用契約と認定することを妨げるものではない。
〔懲戒・懲戒解雇-懲戒事由-始末書不提出〕
 1 懲戒事由の有無
 (一) 原告の発言関係について
 (1) 被告に対する誹謗、中傷〔中略〕
 以上を検討するに、原告がB医師に対し、「A病院には学会認定の指導医もいないし、B医師のような若い、これから学位を取る立場の人が長くいるところではない。」等と述べた点については、就業規則五四条二号、二三条一号該当性が、又、「被告は騙されやすい性格である。」ということを話した点については、就業規則五四条一一号該当性が一応問題とはなりうるが、いずれもこの程度では、右各号の禁止する「名誉毀損」や「誹謗又は中傷」に当たるとは認められない。その他の点については、経営や医療業務について原告に許された範囲内の正当な意見の主張にとどまり、懲戒事由に該当せず、他に、原告がこれに抵触する発言をした事実を認めることはできない。
 (2) 看護婦等に対する誹謗、中傷〔中略〕
 この点について検討するに、(人証略)の各証言によれば、医師、看護婦及びレセプト関係の医事課の職員等の教育及び指導は、原告の職務内容であったこと、原告の医学水準は高く、従業員もそれを認識していたことが認められるところ、前掲の各証拠関係をもってしては、原告の前記発言が、原告の右職務内容や立場に照らして許容された範囲を逸脱したものであることを認めるには足らず、他にこれを認めるに足りる証拠もない。そうすると、原告の前記発言が就業規則上の懲戒事由に該当するとは認められない。
 (3) A病院の経営状況の悪さについての吹聴
 (証拠・人証略)によれば、原告は主に日曜祭日にA病院のナース・ステイションにおいて、同病院の経営状況が悪いことを看護婦に話したことが認められる。〔中略〕
 そこで検討するに、A病院の経営状況が極めて悪いことは、原告の前記発言に関わりなく、同病院内においてはもはや周知の事実となっていたと認められる他、被告自らも従業員に対しこれを認める発言をしていたのであるから、原告が同病院の経営の悪さについての話を同病院に勤務する看護婦にしたとしても、とりたてて責められるべきものとは解されないし、原告の発言が看護婦らの不安を必要以上に駆り立てたという事実も認められない。したがって、この点についても、原告の前記発言が就業規則上の懲戒事由に該当するとは認められない。
 なお、(人証略)は、原告が、A病院の経営状態が悪いことを同病院外の者についても話した旨証言するが、内容の明確さに欠け、直ちに信用することができない。又、同証人の証言中には、原告の発言により看護婦が不安に感じて大量退職したという趣旨の部分があるが、明確さに欠ける上、反対趣旨の原告本人尋問の結果に照らし、採用することができない。〔中略〕
 (二) 医療機器の無断購入について〔中略〕
 本件各医療機器につき、原告がC株式会社との間で売買契約を締結したか否かにつき検討する。(証拠・人証略)によれば、C株式会社発行の本件各医療機器の見積書が存在すること及び平成五年四月にC株式会社のセールスマンが見積書を基にA病院の事務長Dに対し、本件各医療機器の代金の支払いを請求してきたことは認められる。しかしながら、〔1〕原告本人尋問において原告はこれを否定する趣旨の内容を述べていること、〔2〕(人証略)の証言によれば、医療機器について正式に売買契約を締結した場合には、必ず納品書が入る扱いであったことが認められるにもかかわらず、本件においては証拠上それが提出されていないこと、〔3〕(人証略)の証言によれば、本件各医療機器についての請求書を渡されていないと認められる他、実際にも、血液加湿(ママ)器及び手術用踏台については、A病院において必要性を認めて購入することとしたものの、それ以外はC株式会社が返品に応じたことが認められることも考慮すると、見積書の存在及び業者から支払請求されたことのみで、売買契約の事実を推認することはできない。
 そうすると、原告については、別表(略)記載の物品を購入し、本件各医療機器をデモ機として借入れたことのみが認められ、これらの行為は、A病院において許されていた行為であって何ら問題はないのであるから、懲戒事由該当性の問題は生じない。
 (三) 以上からすれば、原告については、被告主張にかかる懲戒事由が存したことを認めることができない。
〔懲戒・懲戒解雇-懲戒手続〕
 思うに、本件においては、本件懲戒解雇当時、副院長が存在しなかったことや、懲戒解雇対象者が院長であるといった特殊性が存したことからすれば、就業規則五一条の規定どおりでなければ懲戒解雇をなしえないとするのは相当ではなく、代替的な方法によることも可能であると考える。しかしながら、右に認定した程度のものでは、被告が独自に原告の懲戒解雇を決定したのに何ら代わるところがなく、就業規則五一条が、懲戒処分については、A病院の中枢的立場にある者の協議検討の上慎重に決定しようとした趣旨が全く没却されているのであって、就業規則上の懲戒委員会に代替する措置が執られたとは到底認められない。
 したがって、本件懲戒解雇は、手続的な面においても、瑕疵が大きいものであると言わざるを得ない。