全 情 報

ID番号 06887
事件名 給料等請求事件
いわゆる事件名 一陽事件
争点
事案概要  会社の従業員であった労働者が、会社に対して未払賃金、出張旅費の立替金の支払い等を求めて争った事例。
参照法条 労働基準法11条
労働基準法3章
体系項目 賃金(民事) / 賃金請求権の発生 / 賃金請求権の発生時期・根拠
賃金(民事) / 賃金の範囲
裁判年月日 1996年12月20日
裁判所名 東京地
裁判形式 判決
事件番号 平成5年 (ワ) 13676 
裁判結果 一部認容,一部棄却
出典 労経速報1623号11頁
審級関係
評釈論文
判決理由 〔賃金-賃金請求権の発生-賃金請求権の発生時期〕
 1 平成四年一一月分及び同年一二月分の本給の支払請求について〔中略〕
 〔1〕被告会社は、かねてから業績が悪く、亡Aの全面的資金援助によりかろうじて維持されてきており、亡Aの生前中から、被告会社神戸営業所は独立させて存続させるが、同東京営業所は平成四年一杯で閉めるという方針が打ち出されていたこと、〔2〕平成四年八月一三日、亡Aが死亡し、被告会社の資金繰の目処が立たなくなったことから、B社長は、被告会社を早い段階で閉鎖することとし、平成四年八月末ころ、被告もゝ代にその旨説明した上、平成四年一〇月一杯で全社員を整理し、営業を完全に止めて、被告会社を休眠状態にすることを決定したこと、〔3〕B社長は、平成四年九月、東京営業所に、たまたま出張中で不在であった原告を除く同営業所所属の従業員を招集し、もはや被告会社の存続は不可能であり、賃金及び退職金等を支払うこともできない状況にあって、平成四年一〇月二〇日に支給される同月分の賃金が最後の賃金の支払いになるので、それまでに従業員は全員新しい職場を捜すようにしてほしい旨を伝えて退職を求め、被告会社の窮状を知っていた被告会社従業員は、原告を除き、全員B社長の説明に納得し、退職することに同意したこと、〔4〕原告は、同年一〇月ころ、自主退職はしない意思であることを従業員のCらに表明しており、B社長も原告が被告会社を素直に辞めようとしていないのだと右Cに話していたこと、〔5〕B社長は、被告会社の残務整理がほぼ終了したことから、平成四年一〇月末日付けで自らも被告会社を退職したこと、〔6〕東京営業所には、残務整理のために、D、C外二名の女子従業員が残ったが、いずれも一か月後の同年一一月二〇日付けで退職し、神戸営業所の従業員も、同年一一月末日付けで全員退職したことの一連の事実経過が認められるのであり、この経過に徴すれば、B社長は、原告に対しても、平成四年九月の段階において、他の従業員に対するのと同様に退職を求め、これに応じない原告に対し、同年一〇月付けで解雇の意思表示を行ったと認めるのが成り行き上も自然と考えられる。〔中略〕
 2 追加賃金の支払請求について
 この点については、以下のとおり、結論としてこれを認めるに足りる証拠がない。〔中略〕
 まず、(書証略)(原告の陳述書)及び原告本人尋問において、原告は、原告と被告会社間に、原告に対する追加賃金支払の合意が存したとし、(書証略)(個別業務委託書)がそのための書面であるとする。しかしながら、右個別業務委託書は、被告会社が有限会社Eに対し、被告会社が受注して開発する情報システムに関する設計作業、被告会社要員の教育及び被告会社が指示する作業を、右有限会社(指定する作業者は原告)に対し、基準月額二五万円で委託するということが記載された書面であって、被告会社が原告に対し、追加賃金を支払うことを約束した内容とはなっていない。原告本人尋問において、原告は、原告の賃金を上げることによって従業員の平均賃金が上昇することを防止し、また、全体のバランスをはかる必要性が存したことから、実質的には原告に対する追加賃金の支給の合意であるにもかかわらず、原告の副収入の入金の窓口であるペーパーカンパニーの有限会社Eの業務委託契約に基づく業務委託料という形式を用いたものである旨を述べているが、仮に右必要性等を肯定したとしても、追加賃金の支払いのためにそのような形式をとることが合理的方法であるとも思われない。また、仮に原告につき、五〇万円の本給以外に二五万円の追加賃金の支払約束が存したとすると、原告の賃金は、社長であるBの賃金よりも月額で一五万円も高くなることになり(書証略)、こうした現象は、特別な理由がない限り、極めて不合理で不自然であると言わざるを得ないが、これを合理的ならしめる事情は、本件証拠上見あたらない。さらに、(書証略)及び原告本人尋問の結果によれば、右個別業務委託書は、原告作成にかかるものであると認められ、また右書面に使用されている角印は、被告会社の代表印ではなく、原告に使用が許されていたものであることが認められる。以上からすれば、原告本人尋問の結果及び(書証略)をもって、直ちに原告主張にかかる差額賃金支払の合意が存したことを認めることはできない。〔中略〕
 更に、本件における原告の請求は、原告に対する月額五〇万円の本給が平成四年一〇月分まで支払われたのに対し、その主張する追加賃金は平成四年一月分以降支払われていないことを前提とするものであるところ、真実追加賃金であったとすれば何故本給と異なる支給経過となっていたのか疑問の残るところでもある。原告は、右追加賃金の支給は、原告と亡Aの間で合意されたとするが、前記のとおり亡Aは平成四年八月に死亡したのであり、その生前から原告主張の追加賃金の支払いが滞っていたことになるのであるところ、当時から被告会社が負債を抱えていたとはいえ、他の従業員への賃金が遅配になった等の事情も証拠上窺えないことからすれば、原告主張の月二五万円の追加賃金を支払えない程度に至っていたとは認め難く、他に追加賃金分のみを支給しない事情は窺えない。そうすると、原告の前提とする支払状況自体が、本給と二五万円の部分の性質が異なるものではないかと疑わせることを否定できない。
 そして、以上の他の証拠中に、これを証するに足りるものはない。
 3 以上のとおりであるから、賃金請求に関する原告の請求はいずれも理由がない。
〔賃金-賃金の範囲〕
 原告は、亡Aの承諾の下に、同社の業務遂行のため、何度も米国に渡航していたが、これらの渡航に要した費用は、亡Aの判断で被告会社において負担していた。〔中略〕
 本件においては、平成八年七月一九日の本件口頭弁論期日において、被告会社が、右平成四年九月の渡航分の仮払金から実際に要した費用を差し引いた三三万六八七九円の返還請求権と、原告の前記認定にかかる精算未了の費用償還請求権とを対等額で相殺する旨意思表示したことは、当裁判所に顕著である。したがって、この相殺の結果、被告会社が原告に支払うべき渡航費用の残金は一八万三三五一円となる。