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ID番号 06908
事件名 損害賠償請求事件
いわゆる事件名 朋栄事件
争点
事案概要  勤務先会社の人事担当者から退職勧告を受けた際に、カナダ人労働者がした「それは、グッド・アイデアだ」という返答をもって退職合意が成立したとする会社側に対して、地位確認請求、係争期間中の賃金請求、さらに、不当解雇を理由として損害賠償請求等が求められた事例。
参照法条 労働基準法2章
民法627条1項
民法536条2項
体系項目 退職 / 合意解約
退職 / 退職勧奨
賃金(民事) / 賃金請求権の発生 / 就労拒否(業務命令拒否)と賃金請求権
解雇(民事) / 解雇と争訟・付調停
裁判年月日 1997年2月4日
裁判所名 東京地
裁判形式 判決
事件番号 平成7年 (ワ) 10237 
裁判結果 一部認容,一部棄却
出典 時報1595号139頁
審級関係
評釈論文 長谷川俊明・国際商事法務25巻6号678頁1997年6月
判決理由 〔退職-合意解約〕
〔退職-退職勧奨〕
 A部長は、原告に対し、TD部への配転がいやなのであれば、退職するしかない旨及び同年九月末日付で原告が退職することとし、それまでの間は、原告が有給休暇を取っても良い旨を勧告した上、原告の再就職の際の便宜等を考慮して、会社都合による退職扱いとしても良い旨を提案し、退職願を書くように求めた。
 なお、その際の会話は、主として日本語によるものであり、時折英語を織り交ぜる程度のものであった。
 (7) 原告は、A部長の右勧告及び提案に対し、「それはグッド・アイデアだ。」と答えた。
 原告の「グッド・アイデアだ」との発言の真意は、A部長からの右退職勧告を承諾する趣旨ではなく、むしろ右退職勧告の内容に半ば呆れて、大げさに「グッド・アイデアだ。」と表現したものである。
 ところが、A部長は、A部長からの退職勧告に対して、原告がこれを承諾する趣旨で「グッド・アイデアだ。」と発言したものと理解し、A部長の上司である被告代表者(以下「B社長」という。)に対してもそのように報告した。〔中略〕
〔退職-合意解約〕
〔退職-退職勧奨〕
 2 右認定事実によれば、原告と被告との間で退職の合意がなされたことの証明がないだけでなく、却って、被告主張のような退職合意の存在しなかったことが明らかである。
 たしかに、被告側では原告との間で退職の合意がなされたものと認識していたようである。しかし、これは、真実は意思表示の合致がないのにあったものとの誤った理解によるものであり、しかも、平成六年九月六日には、原告とB社長との面談の席上で雇用継続の合意がなされたのである以上、被告から原告に対する合意退職の申込の意思表示は、これに対する原告の承諾の意思表示を得ないまま、明瞭に撤回されたものと推認すべきである。
〔賃金-賃金請求権の発生-就労拒否(業務命令拒否)と賃金請求権〕
 3 他方、被告は、原告が労務提供を放棄し、抗弁2として、任意退職したものである旨を主張する。
 しかしながら、前記二1(11)以下に認定の各事実によれば、原告は、平成六年九月二八日以降の時点においても、少なくとも労務の提供の申し出をしており、ただ、被告がその受領を拒絶していたのに過ぎないものであることが明らかである。
 この点につき、原告は、TD部への異動を拒否していたのであるから、原告に右異動を拒否する正当な理由がない限り、A部長の採った労務受領拒絶が合理的なものであったかのように考えられるかもしれない。しかしながら、C部長が原告の労務提供の受領を拒否したのは、前記認定のとおり、原告の雇用契約が既に終了したものと誤解したことにのみ基づくものであったのであるから、原告の提供する労務の受領拒絶に合理性があると認めることはできない。
 したがって、本件においては、被告主張のような労務提供放棄による退職との事実を認めることはできない。
〔解雇-解雇と争訟〕
 1 まず、本件第一二回口頭弁論期日(平成八年一二月九日)の時点において、原告が被告に復帰して就労する意思を喪失した旨を表明したことは、当裁判所に顕著である。
 2 一般に、労働者の有する諸権利及び労働者たる地位に基づく諸々の利益等は、労働者としての基本的な給付である労務の提供があることを前提にしている。そして、この提供(使用者の明確な受領拒絶がある場合には提供の準備)があることを要件として、労働者は、労働者としての権利ないしこれに基づく諸々の利益を主張することを得るものと解するべきであって、この労務提供の意思を喪失した場合には、労働者としての権利主張等が許されない以上、その地位の確認を求める法律上の利益をも喪失すると解する。
 3 してみると、本件においても、原告は、右口頭弁論期日における就労意思の喪失により、本件地位確認請求の確認の利益をも喪失したものであり、したがって、原告の本件地位確認請求は、失当である。
〔賃金-賃金請求権の発生-就労拒否(業務命令拒否)と賃金請求権〕
 2 他方、前記のとおり、原告が労務提供の意思を喪失したのである以上、平成八年一二月九日以降は、被告の側における労務受領拒絶の態度の継続の如何にかかわらず、双務契約である雇用契約に基づく賃金債権の反対給付としての履行の提供がないことになる。
 したがって、原告は、平成八年一二月九日以降の分については、本件雇用契約の存続していてもなお、被告に対する賃金請求権を有しない。要するに、本件雇用契約は、単に契約として終了していないというだけであって、契約当事者である原告・被告双方とも契約に基づく債務の本旨に従った債務の履行又は履行の提供を拒み合っている状態にあると評価することができる。〔中略〕
 被告は、抗弁3として、原告が平成六年一〇月以降に他の会社に勤務して得た年収額をもって損益相殺すべき旨を主張し、原告が被告以外の勤務先から収入を得ていることについては、当事者間に争いがない。
 しかし、一般に、賃金以外に収入のない労働者については、特段の事情がない限り、被告主張のような趣旨での損益相殺を許容すべきではなく、かかる意味での特段の事情につき主張・立証がない以上、本件原告についても同様に、被告の見解を採用することはできない。