全 情 報

ID番号 06909
事件名 配転命令無効確認等請求事件
いわゆる事件名 日本自動車振興会事件
争点
事案概要  競輪学校の栄養士及び衛生管理者として勤務してきた労働者に対する専任の守衛業務への配転命令に関する裁判上の和解内容をめぐって、右配転命令の効力が争われた事例。
参照法条 労働基準法2章
体系項目 配転・出向・転籍・派遣 / 配転命令の根拠
労働契約(民事) / 労働契約上の権利義務 / 就労請求権・就労妨害禁止
裁判年月日 1997年2月4日
裁判所名 東京地
裁判形式 判決
事件番号 平成7年 (ワ) 301 
裁判結果 棄却(控訴)
出典 労働判例712号12頁
審級関係
評釈論文
判決理由 〔労働契約-労働契約上の権利義務-就労請求権・就労妨害禁止〕
 一般に、雇用契約は、双務契約であって、契約の一方当事者である労働者は、契約の本旨に従った労務を提供する義務を負い、他方当事者である使用者は、提供された労務に対する対価としての賃金を支払う義務を負うが、特段の事情がない限り、雇用契約上の本体的な給付義務としては、双方とも右の各義務以外の義務を負うことはない。したがって、特段の事情がない限り、労働者が使用者に対して雇用契約上有する債権ないし請求権は、賃金請求権のみであって、いわゆる就労請求権を雇用契約上から発生する債権ないし請求権として観念することはできない。〔中略〕
 当裁判所は、本件和解の私法上の和解契約としての拘束力の法的範囲において、原告の本件各請求の当否を判断すべきである。
 (3) そこで判断すると、本件和解の別紙和解条項一項は、形式的には明らかに確認条項であって、給付条項でも形成条項でもない。したがって、和解条項の規律形式及び確認条項という形式による和解条項について一般に承認されている認識・理解(又は訴訟慣行)を前提にする限り、同和解条項によって、原告に具体的な就労請求権が形成されることもないし、また、被告について原告に対する具体的な就労を内容とする給付義務が確定されることにもならない。その意味で、本件和解によって具体的な就労請求権が発生するとの認識・理解を前提とする原告の主張は、明らかに失当である。
〔配転・出向・転籍・派遣-配転命令の根拠〕
〔労働契約-労働契約上の権利義務-就労請求権・就労妨害禁止〕
 そもそも雇用契約における使用者は、その雇用する労働者に対して、労務の提供を請求する債権又は請求権を有する以上、当該雇用契約において労務内容を限定する合意がなされているなど特段の事情がない限り、就労内容及び就労場所の指定につき広範な経営上の裁量権を有し、それゆえに、使用者から労働者に対してする配転命令についてもまた、広範な裁量権があると解するのが一般的な理解である。しかるところ、被告と原告は、本件和解によって、原告の提供すべき労務の内容ないし範囲を確定する合意をしたのである。したがって、被告は、原告に対し、本件和解の和解条項一項によって確認された業務の範囲外にあるような種類・内容の業務を命ずることはできない。その意味で、本件和解は、被告が本来有していた裁量権を限定するという法的効果を有するものであると解すべきである。
 (5) 以上を要するに、本件和解は、被告が原告に対して、別紙解和条項一項に規定する業務の範囲内で具体的な業務命令ないし配転命令をすることができる権利を有する反面、その範囲外の業務については、裁量権が制限されることを確認するものであるということに尽き、それ以上でもそれ以下でもない。
 したがって、原告は、本件和解を根拠としては、被告に対する具体的な就労請求権とりわけ栄養士又は衛生管理の業務に就労することを請求することのできる具体的な請求権を有することにはならない。
〔配転・出向・転籍・派遣-配転命令の根拠〕
 前記認定及び判示のとおり、本件和解によって、被告が原告に対して命ずることのできる業務内容の範囲が確認されたのである以上、被告は、本件和解の規律する範囲内の業務であれば、原告に対し、具体的な就労内容の変更ないし就労場所の指定をすることができるが、この範囲外の業務を命ずる命令は、無効である。
 (2) そこで判断すると、被告は、本件配転命令の根拠とするのは、別紙和解条項一項2の「校内の警備、保安に関する補助業務」である。
 ところで、原告が本件配転命令によって命ぜられた業務内容が専任の守衛業務であることについては、当事者間に争いがないところ、原告は、守衛業務それ自体が別紙和解条項一項2所定の「校内の警備、保安」に関する業務に含まれることについては特に争わないものの、原告が命ぜられている守衛業務が「専任」の守衛業務であることにつき、右和解条項に所定の「補助」業務の範囲外にあると主張するところである。
 (3) この点に関しては、前記各証拠によっても、別紙和解条項一項2に「補助業務」との文言を加えることとなった経緯は、かならずしも明確ではないが、おそらく、本件和解成立当時の時点においては、原告は、単純に栄養士又は衛生管理の業務に戻れるという和解であって、現実に守衛業務を命ぜられることはないであろうと即断し、他方、被告は、原告に対して、現実に栄養士又は衛生管理の業務を命ずるつもりはなかったものと推認されるから、この「補助業務」なる文言については、その趣旨等についての明確な意思確認を経た上での合意形成はなかったものと推定すべきである。
 かかる場合、原告が本件和解の有効性を争っていないことは一応措くとしても、別紙和解条項一項2の全体が無効になるのではなく、当事者の合理的な意思解釈によって和解条項の規律する内容を確定すべきである。
 そこで、右の観点から検討すると、弁論の全趣旨によれば、本件和解当時においても現在においても、競輪学校の守衛には、専任の守衛のみが存在し、他の業務を主たる業務内容とする者で守衛を兼任している者はなかったことが認められるから、要するに、守衛業務と言えば専任の守衛業務を指すことになると判断する。また、競輪学校における本来的な業務は、競輪選手の育成であって、その意味では、栄養士も衛生管理も守衛業務も、いずれも、競輪学校における本来的な業務との関係では補助的業務たる性質を有する。したがって、本件和解の担当裁判官である坂本宗一裁判官(当時・〈証拠略〉)もまた、右のような一般的な認識の上に立って本件和解を取りまとめの(ママ)であろうと推測され、このような推測を妨げるに足りる証拠はない。
 そうすると、右「補助業務」なる文言は、被告の守衛業務との関係では、特に意味のある文言ではなく、したがって、被告は、原告に対し、本件和解によって確認された原告の業務の範囲内にあるものとして、専任の守衛を命ずることができると解することができる。
 (4) してみると、本件配転命令は、本件和解に基づくものとして適法であって、この点に関する原告の主張は、理由がないことに帰する。