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ID番号 06915
事件名 地位確認等請求事件
いわゆる事件名 日本大学事件
争点
事案概要  病院の経営主体が営業譲渡により練馬区医師会病院からA病院に変更することに伴い、医師会病院の医師、看護婦、事務職員らがその地位は新経営主体に承継された等として新経営主体の職員としての地位の確認を求めて争った事例。
参照法条 労働基準法2章
体系項目 労働契約(民事) / 労働契約の承継 / 営業譲渡
裁判年月日 1997年2月19日
裁判所名 東京地
裁判形式 判決
事件番号 平成3年 (ワ) 4807 
平成4年 (ワ) 3355 
裁判結果 棄却
出典 時報1596号115頁/労働判例712号6頁/労経速報1635号5頁
審級関係
評釈論文 根本到・民商法雑誌118巻3号96~104頁1998年6月/小宮文人・平成9年度重要判例解説〔ジュリスト臨時増刊1135〕208~209頁1998年6月/籾山錚吾・判例評論464〔判例時報1609〕215~218頁1997年10月1日
判決理由 〔労働契約-労働契約の承継-営業譲渡〕
 1 病院事業の譲渡に伴う雇用関係の承継について
 右に認定した事実によれば、従前医師会病院で使用していた建物、車両運搬具、医療機器、什器備品、消耗品類等をA病院としても使用していること、医師会病院の廃止、A病院の開設にあたり、医療法上、「病院経営主体の変更」があったものとして手続が行われ、医師会と被告との間で医療の引き受けに関する覚書が作成され、主治医としての医療行為を除き、患者に関する医療行為が、右廃止・開設の前後を通じて一貫して継続されたこと、A病院において、平成三年四月一日以降医師会病院から引き続き入通院している患者に対して初診料ではなく再診料を請求する例があったこと、被告は、医師会病院の職員をそのまま使用するつもりで他に募集手続を行わず、医師を除く職員のライセンスのコピーを病院開設許可申請書の添付書類として提出していること、医師会は、平成二年九月四日の時点で医師会病院の経営を断念し、病院経営主体の変更を練馬区に一任することを決めていることなど、原告らの主張に沿う事実が認められる。しかしながら、先に認定した事実及び弁論の全趣旨によれば、医師会は医師会病院を廃止して同病院の建物及び医療機器等の諸設備を練馬区に売却するなどして譲渡したもので、被告は、同病院の建物、医療機器等の諸設備及び建物敷地を所有する練馬区との間で、病院経営に関する協定を締結し、建物及び医療機器等の諸設備の貸与を受けるなどしてA病院の経営を開始したものであること、医療法上の取扱いや医療行為が継続された点は、一日の空白も許されないという医療の特質及び医療行政上の要請によるものであり、再診料の請求の点も、患者の負担軽減のために特別にとられた措置であると考えられること、医師会病院の職員の身分については、被告は当初から医師会に対して雇用契約上の権利義務の清算を要求し、そのうえで希望者について新たに被告の職員として採用するという方針を一貫してとっていること、病院経営主体の変更を練馬区に一任したのは、医師会病院の廃止の原因が医師会にあることを表明するためと、同病院が練馬区の誘致構想に基づいて開設されたという経緯に鑑みて行われたものであって、これにより病院事業の譲渡先を練馬区に委任したとまでみることはできないことなどを考慮すれば、原告らの主張に沿う前記の事実が認められるからといって、医師会病院の病院事業が医師会から被告に譲渡され、これに伴い原告らの雇用契約上の地位が当然に被告に承継されたものとは認められず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。
 よって、病院事業の譲渡に伴う雇用関係の承継に関する原告らの主張は理由がない。
 2 雇用契約上の地位の承継の合意について
 前記認定の事実によれば、練馬区及び医師会が医師会病院の新経営主体の選定にあたり、職員の雇用継続を重要な要素と考えており、被告もこれを受けて、雇用を希望する医師、職員をA病院において受け入れ、被告の教員、職員として採用する方針であったことが認められる。そして、(証拠略)によれば、医師会病院の職員らは、かねてから雇用継続を要望し、練馬区議会で陳情、請願が採択され、練馬区長及び平田会長も職員らの「雇用保障」あるいは「雇用継続」という表現を含んだ発言を行っており、C会長はB教授に対し、平成三年二月五日付け書簡で医局員の一方的な更送、解雇は考えていない旨を表明しており、原告Xも同年三月七日開催の説明会において、同趣旨の発言をしていることから、職員らが、同年四月一日以降も新経営主体のもとで引き続き勤務できるものと信じていたものと認められる。さらに、(書証略)の医師会発行のチラシには、医師会の解雇手続が被告に雇用されるための形式的手続に過ぎないという趣旨の記載があるし、(証拠略)によれば、B教授が被告に対し、同年二月二〇日付けの書簡で「C会長から医師の更送、解雇はしない旨の通達が出されており、貴大学もこれを了承しての経営になることと思います」と述べているのに、被告がこれに対して何らの対応をしていないことが認められる。しかしながら、先に判示したとおり、被告は、医師会病院の医師、職員について、医師会に対して雇用契約上の権利義務の清算を求め、そのうえで希望者との間で新たに雇用契約を締結する意思であったものであり、医師、職員の雇用契約上の地位をそのまま承継する意思を有していなかったことは明らかであるから、被告と医師会との間に原告らを含む職員の雇用契約上の地位を承継する旨の合意がなされたということはできない。
 したがって、雇用契約上の地位の承継の合意に関する原告らの主張もまた理由がない。