全 情 報

ID番号 06918
事件名 賃金債権請求事件
いわゆる事件名 第四銀行事件
争点
事案概要  銀行が就業規則を変更して五五歳から六〇歳への定年延長を行い、右変更により労働者が従前の五八歳までの定年後在職制度の下で期待することができた賃金を六〇歳まで勤務しなければ得られなくなる等、労働条件に実質的な不利益を被るに至ったとして、右就業規則の不利益変更の効力を争った事例。
参照法条 労働基準法93条
労働基準法89条1項
体系項目 就業規則(民事) / 就業規則の一方的不利益変更 / 賃金・賞与
就業規則(民事) / 就業規則の一方的不利益変更 / 定年制
裁判年月日 1997年2月28日
裁判所名 最高二小
裁判形式 判決
事件番号 平成4年 (オ) 2122 
裁判結果 棄却
出典 民集51巻2号705頁/時報1597号7頁/タイムズ936号128頁/労働判例710号12頁/労経速報1629号3頁/裁判所時報1191号1頁
審級関係 控訴審/06713/東京高/平 4. 8.28/昭和63年(ネ)2093号
評釈論文 井上克樹・労働法学研究会報48巻14号1~27頁1997年5月20日/荒木尚志・労働判例百選<第7版>〔別冊ジュリスト165〕58~61頁/秋田成就・ジュリスト1120号128~131頁1997年10月1日/小西康之・日本労働法学会誌91号146~155頁1998年5月/川神裕・ジュリスト1117号181~184頁1997年8月1日/川神裕・法曹時報52巻3号171~216頁2000年3月/大内伸哉・民商法雑誌117巻4・5号202~218頁1998年2月/中山和久・判例評論464〔判例時報1609〕21
判決理由 〔就業規則-就業規則の一方的不利益変更-定年制〕
〔就業規則-就業規則の一方的不利益変更-賃金・賞与〕
 1 新たな就業規則の作成又は変更によって労働者の既得の権利を奪い、労働者に不利益な労働条件を一方的に課することは、原則として許されないが、労働条件の集合的処理、特にその統一的かつ画一的な決定を建前とする就業規則の性質からいって、当該規則条項が合理的なものである限り、個々の労働者において、これに同意しないことを理由として、その適用を拒むことは許されない。そして、右にいう当該規則条項が合理的なものであるとは、当該就業規則の作成又は変更が、その必要性及び内容の両面からみて、それによって労働者が被ることになる不利益の程度を考慮しても、なお当該労使関係における当該条項の法的規範性を是認することができるだけの合理性を有するものであることをいい、特に、賃金、退職金など労働者にとって重要な権利、労働条件に関し実質的な不利益を及ぼす就業規則の作成又は変更については、当該条項が、そのような不利益を労働者に法的に受忍させることを許容することができるだけの高度の必要性に基づいた合理的な内容のものである場合において、その効力を生ずるものというべきである。右の合理性の有無は、具体的には、就業規則の変更によって労働者が被る不利益の程度、使用者側の変更の必要性の内容・程度、変更後の就業規則の内容自体の相当性、代償措置その他関連する他の労働条件の改善状況、労働組合等との交渉の経緯、他の労働組合又は他の従業員の対応、同種事項に関する我が国社会における一般的状況等を総合考慮して判断すべきである。〔中略〕
 2 これを本件についてみると、定年後在職制度の前記のような運用実態にかんがみれば、勤務に耐える健康状態にある男子行員において、五八歳までの定年後在職をすることができることは確実であり、その間五四歳時の賃金水準等を下回ることのない労働条件で勤務することができると期待することも合理的ということができる。そうすると、本件定年制の実施に伴う就業規則の変更は、既得の権利を消滅、減少させるというものではないものの、その結果として、右のような合理的な期待に反して、五五歳以降の年間賃金が五四歳時のそれの六三ないし六七パーセントとなり、定年後在職制度の下で五八歳まで勤務して得られると期待することができた賃金等の額を六〇歳定年近くまで勤務しなければ得ることができなくなるというのであるから、勤務に耐える健康状態にある男子行員にとっては、実質的にみて労働条件を不利益に変更するに等しいものというべきである。そして、その実質的な不利益は、賃金という労働者にとって重要な労働条件に関するものであるから、本件就業規則の変更は、これを受忍させることを許容することができるだけの高度の必要性に基づいた合理的な内容のものである場合に、その効力を生ずるものと解するのが相当である。
 3 そこで、以下、右変更の合理性につき、前示の諸事情に照らして検討する。
 まず、本件就業規則の変更により、退職時までの賃金総額の名目額が減少することはなく、退職金については特段の不利益はないものの、従前の定年後在職制度の下で得られると期待することができた金額を二年近くも長く働いてようやく得ることができるというのであるから、この不利益はかなり大きなものである。〔中略〕
 しかしながら、労働力人口の高齢化を背景として、昭和五〇年代から定年延長等による高年齢労働者の雇用の安定を図る動きが活発になり、昭和五八年当時は、六〇歳定年制の実現が、いわば国家的な政策課題とされ、社会的に強く要請されていたのであり、このような状況の下で、被上告人に対しては、労働大臣や県知事から定年延長の早期実施の要請があり、組合からも同様の提案がされていたというのである。したがって、定年延長問題は、被上告人においても、不可避的な課題として早急に解決することが求められていたということができ、定年延長の高度の必要性があったことは、十分にこれを肯定することができる。一方、定年延長は、年功賃金による人件費の負担増加を伴うのみならず、中高年齢労働者の役職不足を深刻化し、企業活力を低下させる要因ともなることは明らかである。そうすると、定年延長に伴う人件費の増大、人事の停滞等を抑えることは経営上必要なことといわざるを得ず、特に被上告人においては、中高年齢層行員の比率が地方銀行の平均よりも高く、今後更に高齢化が進み、役職不足も拡大する見通しである反面、経営効率及び収益力が十分とはいえない状況にあったというのであるから、従前の定年である五五歳以降の賃金水準等を見直し、これを変更する必要性も高度なものであったということができる。そして、円滑な定年延長の導入の必要等からすると、このときに、全行員の入行以降の賃金体系、賃金水準を抜本的に改めることとせず、従前の定年である五五歳以降の労働条件のみを修正したことも、やむを得ないところといえる。
 また、従前の五五歳以降の労働条件は既得の権利とまではいえない上、変更後の就業規則に基づく五五歳以降の労働条件の内容は、五五歳定年を六〇歳に延長した多くの地方銀行の例とほぼ同様の態様であって、その賃金水準も、他行の賃金水準や社会一般の賃金水準と比較して、かなり高いものである。
 定年が五五歳から六〇歳まで延長されたことは、女子行員や健康上支障のある男子行員にとっては、明らかな労働条件の改善であり、健康上支障のない男子行員にとっても、五八歳よりも二年間定年が延長され、健康上多少問題が生じても、六〇歳まで安定した雇用が確保されるという利益は、決して小さいものではない。また、福利厚生制度の適用延長や拡充、特別融資制度の新設等の措置が採られていることは、年間賃金の減額に対する直接的な代償措置とはいえないが、本件定年制導入に関連するものであり、これによる不利益を緩和するものということができる。
 さらに、本件就業規則の変更は、行員の約九〇パーセントで組織されている組合(中略)との交渉、合意を経て労働協約を締結した上で行われたものであるから、変更後の就業規則の内容は労使間の利益調整がされた結果としての合理的なものであると一応推測することができ、また、その内容が統一的かつ画一的に処理すべき労働条件に係るものであることを考え合わせると、被上告人において就業規則による一体的な変更を図ることの必要性及び相当性を肯定することができる。上告人は、当時部長補佐であり、労働協約の定めにより組合への加入資格を認められておらず、組合を通じてその意思を反映させることのできない状況にあった旨主張するが、本件就業規則の変更が、変更の時点における非組合員である役職者のみに著しい不利益を及ぼすような労働条件を定めたものであるとは認められず、右主張事実のみをもって、非組合員にとっては、労使間の利益調整がされた内容のものであるという推測が成り立たず、その内容を不合理とみるべき事情があるということはできない。〔中略〕
 したがって、本件定年制導入に伴う就業規則の変更は、上告人に対しても効力を生ずるものというべきである。