全 情 報

ID番号 06923
事件名 遺族補償給付不支給処分取消請求控訴事件
いわゆる事件名 山形労働基準監督署長(山形交通)事件
争点
事案概要  基礎疾病を有するバス運転手が業務中にバルサルバ洞動脈瘤が破裂して死亡したケースにつき、労働者の業務が同人の高血圧症を自然的経過を超えて増悪させたとは認められないとして、業務起因性を否定した事例。
参照法条 労働者災害補償保険法12条の8
労働基準法施行規則35条
労働基準法施行規則別表第1の2
体系項目 労災補償・労災保険 / 業務上・外認定 / 業務起因性
労災補償・労災保険 / 業務上・外認定 / 脳・心疾患等
裁判年月日 1997年3月17日
裁判所名 仙台高
裁判形式 判決
事件番号 平成7年 (行コ) 11 
裁判結果 取消(上告)
出典 時報1625号118頁
審級関係 一審/山形地/平 7. 5.30/昭和63年(行ワ)1号
評釈論文 中本敏嗣・平成10年度主要民事判例解説〔判例タイムズ臨時増刊1005〕336~337頁1999年9月
判決理由 〔労災補償・労災保険-業務上・外認定-業務起因性〕
〔労災補償・労災保険-業務上・外認定-脳・心疾患等〕
 四 Aの業務と本件疾病発症との因果関係
 前記二及び三認定の事実に基づいて、本件疾病発症の業務起因性について検討する。
 Aの業務は、精神的緊張や長時間の拘束をともなうワンマンバスによる定期バスあるいは貸切バスの運行とそれに付随する作業であり、その勤務は、早朝出社し、夜遅く終業する場合があり、昭和五八年五月三一日から同年六月一〇日までの一一日間は連続して勤務し、また、同年五月三一日から同年七月二日までの拘束時間の平均は一〇時間三六分(同年六月二七日から同年七月二日までの拘束時間の平均は一〇時間二一分)、六月の一運転日当たりの平均走行距離は一二〇・三キロメートル、同年四月及び五月の残業時間が五九・五時間であり、そのほか、班長としての職務や健康寝具販売等にも従事していたものであり、このような勤務がAに肉体的疲労や精神的負担と睡眠不足をもたらしていたこと、また、本件発症当時運転した車両が、定期バスを代用したパワーステアリング機能のないバスであったこと、地理不案内への場所への長距離回送をともなう業務であったこと等の事情が、肉体的、精神的負担の一因となったことは首肯できないわけではない。
 しかし、Aは、昭和三六年入社から長期間にわたり、発症当日運転した車両と同様の性能のバスの運転を行っていた経験があり、また、当該車両は、前年(昭和五七年)まで貸切バスとして使用され、その後定期バスに転用されたものであり、法定の整備点検により、運行に支障がないように整備が行われ、バス自体の性能に問題があったとはいえないものであり、Aはかつて山形市から仙台市間の路線バスを運転していた経験があり、行程の全部について全く土地勘がなかったわけではなく、当日の走行距離の点を考え合わせても、Aにとって発症当日のバスの運転が通常の業務と基本的に異なるものであったとはいえないこと、発症当日の気温は、七月としては低温であったが、Aは、半袖の夏服を着用し、走行中運転席脇の窓を開けており、寒さを感じていない様子であったことに照らすと、当日の気温がAに肉体的な負担となったとは認めがたいこと、途中交通事故のため、通行渋滞に遭遇し、Aは交通事故現場を見ているが、事故による死者を目撃したとまではいえず、その後のAの様子に変化はなく、Aが事故現場を見たことにより大きなショックを受けたとは認めがたいこと等を考慮すると、当日のAの運転業務が、バス運転業務に従事する運転者が運転業務遂行にともなって通常負担する肉体的精神的負担を超えるような強度の肉体的精神的な負担を余儀なくさせたものと認めることはできない。
 また、本件発症の前日は、走行距離一六八・四キロメートル、乗務時間四時間三〇分の定期バスによる運転業務であり、一三時三〇分には終業していること、発症前日の前一週間については、六月二五日及び二六日を連続して休み、二七日は予備日として待機し、運転業務に従事しておらず、発症前一週間において、Aがバス運転等業務に従事したのは、五日間のみであり、かつ、この間の労働時間は一日平均六時間五一分であって、その業務量は、それまでの日常業務と比較して格別過重なものではなかったこと、Aの勤務状況が労働協約の範囲内にあり、Aの六月中の勤務実態を経験年数・年齢がほぼ同じ同僚運転士の勤務実態と比較しても、格別の相違があるわけではなく(労働時間数においてやや少ない。)、六月の一運転日当たりの平均走行距離を比較すると、かなり少ないのであって、残業時間の点を考慮しても、発症前一か月間のAの業務が過重なものであったとは到底いえないこと、また、Aの発症前一年間の労働時間についてみても、同僚運転士のそれと殆ど差異のないものであること、勤務時間外の健康寝具販売等については、Aが健康寝具販売等を勤務時間外に行っており業務として大変であったという状況があったならば、遺族補償給付請求の手続きの当初の段階から言及されて然るべき事柄であるにもかかわらず、遺族補償給付請求の手続きにおいて被控訴人は健康寝具販売等について言及していないうえ、健康寝具販売等にかかるAの具体的活動内容や程度について具体的な裏付けを欠くものであり、班長の職務についても、手当てがつくものではなく、班長の職務が責任の重い管理職的業務とはいえないこと等に照らすと、これらの事情をもって、Aの業務量を評価するにあたって重要視することができるとはいえないものであること等を総合考慮すると、Aの本件発症の前日及びその前一週間ないし一年間の勤務状況をもって、身体的、精神的に過重な労働であったということもできないものというべきである。
 しかも、Aのバルサルバ洞動脈瘤はその成因が先天性のものと認められるところ、Aは、昭和五五年五月から本態性高血圧等の診断で投薬治療を受け、昭和五八年六月末ころは、その血圧が正常値と高血圧の境界領域にあった(境界域高血圧)が、高血圧を増悪させる因子として、過度の精神的緊張、ストレスの持続が挙げられていることを考慮しても、Aの業務の量や状況に照らして、その業務が過度の精神的緊張、ストレスをともなうような過重なものであったとはいえず、高血圧を増悪させる因子としてその他に年齢、寒冷暴露、栄養摂取の不均衡などが挙げられていることに照らすと、Aの業務が同人の高血圧症を自然的経過を超えて増悪させたものとは認めがたい。そればかりでなく、バルサルバ洞動脈瘤が、加齢とともに自然増悪し、血管の脆弱化が進行し、その限界に達した段階で、最後の要因として血圧上昇が加わって破裂に至るものであって、バルサルバ洞動脈瘤の破裂の契機となる高血圧が、排便、性交、せき等の日常生活上の行為によっても生じ、バルサルバ洞動脈瘤が労作時だけでなく安静時でも破裂するものであり、バス運転中の昇圧反応が、日常生活の排便時、食事中、入浴中の昇圧程度と大差はないとされていることに照らすと、Aのバルサルバ洞動脈瘤の破裂が、バス運転業務に限らず、日常生活上のあらゆる機会に発生してもおかしくない状況にあったことは、これを否定することはできない。
 以上要するに、Aのバルサルバ洞動脈瘤の破裂は、バルサルバ洞動脈瘤が加齢とともに自然的経過のもとに徐々に増悪した結果である可能性が大きいというべきであって、その破裂について、業務に内在する危険が現実化し、その自然的経過を超えて著しく増悪させた結果であると認めることはできず、業務との間に相当因果関係があるとすることはできないというべきである。