全 情 報

ID番号 06932
事件名 解雇無効確認等請求事件
いわゆる事件名 三洋機械商事事件
争点
事案概要  経営者に対する暴言、粗暴な行為、非礼な態度を理由とする懲戒解雇につき、懲戒解雇事由には該当せず無効とした事例。
参照法条 労働基準法89条1項9号
体系項目 懲戒・懲戒解雇 / 懲戒事由 / 暴力・暴行・暴言
裁判年月日 1997年3月25日
裁判所名 東京地
裁判形式 判決
事件番号 平成7年 (ワ) 11596 
裁判結果 一部認容,一部却下,一部棄却
出典 労働判例716号82頁/労経速報1633号16頁
審級関係
評釈論文
判決理由 〔懲戒・懲戒解雇-懲戒事由-暴力・暴行・暴言〕
 一 被告が原告に対し「原告が経営者に対して他社員の面前で暴言を吐いて侮辱し、書類を机に叩きつけるなど粗暴な行為を行い、極めて非礼な態度をとり、何度か話し合いの機会をもったが些かも反省の態度が認められない」との理由により、被告就業規則所定の懲戒事由があるとして本件解雇をなしたこと、被告就業規則中には、被告従業員に「職場の秩序と平和若しくは風紀を乱す行為」があったときは、当該従業員を懲戒処分に付すことができ、この懲戒処分には解雇も含まれることについては、いずれも当事者間に争いがない。そして、原告が被告代表者及び専務らの言動(とりわけ二重払いが発生した経緯及びその前後の対処などに関する認識の相違)に立腹して自分の机に名刺入れを叩きつけ、暴言を吐くなどの行動があり、その後も自分の非を全面的には肯定していないことは、(人証略)、原告本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨により明らかである。したがって、本件の最も主要な争点は、原告の右言動が被告就業規則の予定する懲戒解雇事由に該当するか否かである。
 二 そこで判断するに、弁論の全趣旨によれば、被告は、中国企業である公司との間で大きな貿易取引を行う会社であるとはいえ、企業規模としては比較的小さな企業に属するものであることが認められるから、被告就業規則の解釈にあたっても、被告組織内における人間関係を円満に保つ必要性という要素が他の大規模な企業と比較してやや重視されるべきであるということは可能であるが、懲戒解雇という処分が企業内の秩序罰の中でも最も重い処分であることは言うまでもなく、しかも、従業員の労働者たる地位を奪うものであって、当該労働者の生活に対する影響も極めて大きなものであることから、懲戒処分の相当性の判断においては、慎重な配慮が要求されてしかるべきである。
 しかるところ、本件のそもそもの発端は、原告のファックス翻訳の不完全と社長の言動のあいまいさの両方にあったものと思われる。すなわち、前記各証拠によれば、三月二五日の時点において、原告は、公司から受信したファックス文に「担保函」との文言があったのに、その文言の意味するところを十分に吟味しないで翻訳し、社長に報告したこと、この報告を受けて、社長は、取引決済上のトラブルを避けるため、L/Cの取消が必要になったと判断したこと、社長としては取引銀行に出向いてL/Cによる決済の取消の手続きに入るための取引銀行との交渉をするという趣旨で述べたであろう言動が、原告にとっては、直ちにL/Cの取消手続きに入ることを意味するものとの認識をもたらし、この認識の相違がそれ以降の原告と被告との認識の相違と本件紛争の出発点になったものと推認できる。
 しかしながら、原告は、特に海外取引に関する専門教育を受けた者ではなく、他方、専務も原告の助力を得れば中国語を十分に咀嚼・理解するだけの高度の知識・経験を有していたものと推定されること、被告のような小規模会社にあっては、海外取引における重大な決定は、最終的には被告経営者らの判断と責任においてなすべきものであり、その判断のための資料が不十分であれば、原告に対してさらに問いただし、場合によって、国際電話を用いて直接公司と連絡を取るなどして、事実関係等を慎重に確認することが可能であったし、そうすべきであったと思われることからすると、右のような翻訳の不十分の責めをすべて原告に負わせることは酷である。また、社長の言動に関する被告と原告との認識の齟齬に関しても、事柄が海外商業取引上の専門知識を要求するものである以上、これについて専門家であるとはいえない原告を一方的に責めることはできず、双方とも同等に非があるものと判断する。
 本件紛争の発端につき、右のように理解することを前提にすると、その後の経緯についても、原告に一方的に非があるということはできず、しかも、中国人である原告の国民性等も勘案すると、通常の日本人のようにはっきりさせるべきことも曖昧にし、なあなあで済ますというようなことは比較的期待できず、そのことは、中国人である原告を雇用した時点で、被告も承知していたはずである。ゆえに、その後における原告と社長及び専務らとの間の言い争いなども、原告に一方的に非のあるものと判断することはできない。
 してみると、原告が名刺入れで机を叩くなどをした行為は、右のような判断を前提にする限り、形式的には被告の社内秩序を乱す行為に一応該当するものということが可能ではあるが、その行為に対する非難の程度は、そう大きなものであってはならないことになる。
 したがって、右原告の行為が懲戒事由に該当するとしても、その行為に対する懲戒処分は、比較的軽いものでなければならない。
 三 ところで、就業規則(書証略)によれば、被告就業規則上、懲戒処分の種類としては、解雇のほか、訓戒、減給、出勤停止を定めており(四一条)、被告は、懲戒解雇処分よりも軽い懲戒処分を選択することが可能であったことが認められるのであるから、仮に原告に対して懲戒処分をするにしても、本件解雇ではなく、より軽い処分が選択可能であったと認められる。このほか、本件全証拠に照らしても、本件解雇が原告に対する懲戒処分としての相当性を有することを是認するに足りる証拠があると判断することはできない。
 してみると、本件解雇は、原告の右言動及び被告が懲戒事由として主張する懲戒事由に照らし著しく重いものとして相当性を欠き、無効である。