全 情 報

ID番号 06936
事件名 遺族補償給付等不支給処分取消請求控訴事件
いわゆる事件名 半田労基署長(日本油脂)事件
争点
事案概要  工場の管理職として勤務していた労働者が、月例の研究発表会及び文献報告会に出席後、業務打合せを行い、所定労働時間終了後執務室で倒れ、翌日脳内出血のため死亡したことにつき、その妻が、右死亡は業務上の死亡に当たるとして労基署長の遺族補償給付等の不支給処分の取消しを求めた事例。
参照法条 労働者災害補償保険法12条の8
労働者災害補償保険法7条1項
体系項目 労災補償・労災保険 / 業務上・外認定 / 業務起因性
労災補償・労災保険 / 業務上・外認定 / 脳・心疾患等
裁判年月日 1997年3月28日
裁判所名 名古屋高
裁判形式 判決
事件番号 平成8年 (行コ) 1 
裁判結果 棄却(上告)
出典 労働判例716号62頁
審級関係 一審/06761/名古屋地/平 8. 1.26/平成1年(行ウ)14号
評釈論文
判決理由 〔労災補償・労災保険-業務上・外認定-業務起因性〕
 当裁判所も、労働基準法及び労働者災害補償保険法に基づく労災補償の給付を受ける一般的要件として、当該業務と死傷病との間に相当因果関係の存在が必要であること、その存在を肯定するには、まず当該業務が当該労働者を基準として過重負荷を有すると認められる上に、発症の原因として複数の原因が考えられる場合には、当該業務が他の原因に比べて相対的に有力な原因と認められることが必要であること、以上のように判断するが、その詳細は、次に付加する外、原判決「事実及び理由」欄の第三の一記載のとおりであるから、これを引用する。
〔労災補償・労災保険-業務上・外認定-脳・心疾患等〕
 控訴人は、Aの脳内出血発症の直接的契機は、所長の一方的意思によって決定されたB研究所内部の組織変更、年度末業務の負担、当日の研究会等における精神的緊張等である旨主張する。
 そして、組織変更の点については、(証拠略)及び原審における(人証略)の証言中に、組織変更に伴うグループ員の増員によってGLは相当な神経を使うとの部分があり、(証拠略)並びに原審及び当審における控訴人本人の供述中に、発症の一〇日前ころ、Aが夜中に起床し、社員名簿を眺めて考え込んでいた旨の部分がある。
 しかしながら、(証拠略)によれば、もともと、PO1Gのグループ員の数はPO2Gのそれと比較して少なかったことが認められ、Aが、組織変更に伴う部下の増員について不満を漏らしていたとか、精神的負担を感じていたとの事実を認めるに足りる証拠はない上に、組織変更については事前にAに相談しており、仕事が大変であったことはない旨の原審における(人証略)の各証言に照らすと、右増員によってAの業務が特に過重となったと認めることはできない。
 次に、年度末業務については、これによってA個人の事務量がどの程度増加したのか明確に示す証拠はなく、そもそも、前記認定のとおり、Aは昭和五四年四月一日以降本件発症までの間、概ね同じ地位にあったもので、年度末業務といっても既に経験済みのものであること、本件発症は昭和五七年度下期の終了する一日前であって、その当時には、年度末業務は既にほぼ終了していたこと等を考慮すると、これによっても、Aの業務が過重となったと認めることは困難である。
 また、Aは、本件の発症の当日、午前八時三〇分から午後三時まで研究会等に出席していたわけであるが、これとても、自ら研究発表をしたり、司会を務めていたわけではないこと、一時間の昼食時間を挟んでいたこと、そもそも、Aにとって、このような研究会への出席は通例のことであり、普段と異なる様子は見受けられなかったこと、(証拠略)によると、発症前日は日曜日であり、Aは午前一〇時ころ起床して控訴人と半田市の農業祭を見物し、帰宅してからは庭いじりなどして午後八時ないし九時ころには就寝するなど、仕事を離れてくつろいだ休日を送った事実が認められるから、疲労が発症当日まで持ち越されたことはないと推認できることなどの事実に照らすと、本件の発症の有力な原因となったとは認め難い。
 以上のとおり、発症の直接的契機がAの業務にあったとの控訴人の主張は、採用することはできない。〔中略〕
 控訴人は、C会社は、健康診断の結果等を通じてAが高血圧症の基礎疾患を有していることを知り得たのであるから、これが悪化しないよう、勤務時間及び勤務内容について配慮すべきであるにもかかわらず、これを怠り、またその選任した産業医が、有効な降圧剤の投与をしなかった点で、安全配慮義務に違反したところ、このような使用者の安全配慮義務違反は業務起因性の判断要素になる旨主張する。
 しかしながら、前記のとおり、災害について業務起因性が認められるためには、それが当該業務に内在ないし通常随伴する危険性が現実化した結果であるとみることのできる関係が必要というべきところ、ここにいう業務とは、当該事業の運営にかかる業務そのものであって、かつ当該労働者が従事するものを指すと解すべきであるから、使用者が労働者の健康を管理すること自体は、右業務に含まれるものではない。したがって、仮に、C会社に控訴人主張のような安全配慮義務違反の事実が認められるとしても(原審における〈人証略〉の各証言によれば、Aは、部下を含めて健康を管理すべき職責を有していたことが認められるから、C会社に安全配慮義務が存したとの点については疑問が残る。)、これをもって直ちに災害における業務起因性を基礎付けるものではないと解するのが相当である。
 もっとも、使用者が右安全配慮義務に違反したために基礎疾患を有するに至った労働者を、その者を基準として過重と考えられる業務に従事させた結果、さらに重篤な疾病を右労働者に発症させた場合には、右疾病と業務との間の相当因果関係を肯定することができるから、このような例外的な場合は、安全配慮義務と業務起因性との関連性を肯定することがあり得るというべきであるが、本件においては、前記認定・判断のとおり、Aが高血圧症を発症した原因が業務にあったということはできないし、Aの右基礎疾患を前提としても、客観的に考察すれば、業務が自然的経緯を超えてこれを悪化させたと認められるほど過重であったということはできないから、いずれにしても、控訴人の前記主張は採用できない。
 6 以上の判断によれば、Aの業務が本件発症について相対的に有力な原因であるといえず、したがって、業務の過重性を肯定できないから、本件発症につき業務との間の相当因果関係の存在を認めることはできない。