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ID番号 06974
事件名 地位確認請求事件/建物明渡請求事件
いわゆる事件名 オスロー商会ほか事件
争点
事案概要  パチンコ店やゲームセンター等を経緯する被告会社の常務取締役であった者が不正な遊戯機を設置したこと等を理由に懲戒解雇され、就労を拒否されたことにつき、地位確認と賃金の支払を求めた事例。
参照法条 労働基準法2章
民法627条1項
民法536条2項
労働基準法89条1項9号
体系項目 退職 / 合意解約
退職 / 任意退職
賃金(民事) / 賃金請求権の発生 / 就労拒否(業務命令拒否)と賃金請求権
裁判年月日 1997年8月26日
裁判所名 東京地
裁判形式 判決
事件番号 平成5年 (ワ) 19614 
平成6年 (ワ) 2275 
裁判結果 棄却(控訴)
出典 労働判例725号48頁
審級関係
評釈論文
判決理由 〔退職-合意解約〕
 右認定に係る各事実によれば、原告は、常務取締役として、勤務時間の管理を受けず、被告らの経営するパチンコ店等の店長を統括する責任者であり、Aから個別具体的な指揮命令を受けずに営業に関する重要事項を決定する包括的な権限を有し、前記のような多額の、勤務成績等によって左右されない対価の支給、便宜供与を受けていたのであるから、取締役就任後は労働者性の根拠とすべき使用従属関係を肯定することができず、これに基づいて考えると、原告と被告Y1会社、被告Y2会社とは、昭和五七年一二月ころ、原告が被告Y1会社、被告Y2会社の取締役に就任したことに伴い、黙示の合意により本件労働契約(一)及び本件労働契約(二)を解約したものと推認することができる。
〔退職-任意退職〕
 原告は、被告ら代表取締役Aに対し、平成五年二月九日、同日付け書面で、同年三月末日をもって被告らを退職する旨解約の申入れをし、被告ら代表取締役Aはこの意思表示を受領した。〔中略〕
 (証拠略)によれば、本件就業規則二二条五号が、「退職を願い出て承認されたとき」に退職すると規定していることが認められるが、本件就業規則の右条項が民法六二七条一項、二項に基づく解約を排斥する趣旨と解する理由はないから、原告がした意思表示を合意解約の申込と解さなければならない理由はない。
 右認定に係る各事実によれば、平成五年三月末日の経過をもって原告と被告らとの間の契約関係につき解約告知の効力が生じたものというべきである。原告と被告らとの間の契約関係は、二及び三で述べたところから明らかなとおり、原告が被告らの取締役であることに伴う委任契約であるというべきであるが、仮にこれが本件各労働契約であるとしても、右解約告知により終了したものというべきである。
〔賃金-賃金請求権の発生-就労拒否(業務命令拒否)と賃金請求権〕
 1 労働契約に基づく労働者の労務を遂行すべき債務の履行につき、使用者の責めに帰すべき事由によって右債務の履行が不能となったときは、労働者は、現実には労務を遂行していないが、賃金の支払を請求することができる(民法五三六条二項)。そして、使用者が労働者の就労を事前に拒否する意思を明確にしているときも、労働者の労務を遂行すべき債務は履行不能となるというべきであるが、労働者は、同項の適用を受けるためには、右の場合であっても、それが使用者の責めに帰すべき事由によるものであることを主張立証しなければならず、この要件事実を主張立証するには、その前提として、労働者が客観的に就労する意思と能力とを有していることを主張立証することを要するものと解するのが相当である。
 すなわち、まず、使用者が労働者の就労を事前に拒否する意思を明確にすることにより労働者の労務を遂行すべき債務が履行不能となる点について述べると、労働者が労務を遂行する債務を履行する旨提供したのに、使用者が受領を拒絶した場合には、労務を遂行するには使用者がこれを受領することが不可欠であり、かつ、労務遂行の単位となる一定の時間的幅ごとに当該債務の履行が可能か不能かが決まり、労務を遂行することができないまま過ぎ去った時間について後から労務遂行の債務を履行することはできないという、労務を遂行する債務の性質に照らせば、使用者が受領を拒絶することにより、労働者が労務を遂行することは不可能となるといえるから、労働者の債務は、右受領拒絶の時点で履行不能になるものと解するのが相当である。そうすると、使用者が労働者の就労を事前に拒否する意思を明確にしているため、労働者が労務を遂行する債務を履行することが不可能であることがあらかじめ明らかであるときには、労働者が労務を遂行する債務を履行する旨提供しなくても、労働者の債務は、右受領拒否の時点で履行不能になるものと解するのが相当である。これが期間の定めのない労働契約のように、継続的に労務を遂行する債務である場合には、右履行不能の状態は、使用者が労働者に対して右受領拒絶の意思を撤回する旨の意思表示をするまで時の経過とともに続くものというべきである。
 次に、労働者が客観的に就労する意思と能力とを有していることが民法五三六条二項適用の要件事実となる点について述べると、同項の文理、趣旨からすれば、労働者が使用者に対し就労する意思を有することを告げて(口頭又は書面によるものであるにせよ)労務の提供をすることは、同項適用の要件とはならないが、他方、同項の適用を主張する労働者は、使用者の責めに帰すべき事由によって債務の履行が不能となったことを主張立証しなければならず、そのためには、その前提として、自らが客観的に就労する意思と能力とを有していなければならないから、この事実をも主張立証しなければならないものと解するのが相当である。
 使用者が解雇の意思表示をした場合にも、使用者が労働者の就労を事前に拒否する意思を明確にしているといえるから、労働者の債務が履行不能となる場合に当たるが、使用者が解雇の意思表示をした場合において、労働者が解雇が無効であるとしてその効力を争って賃金請求をするときには、自らが客観的に就労する意思と能力とを有していることをも要件事実の一つとして主張立証すべきである(通常は解雇の効力を争うことによってこの要件事実の主張立証がされているものと取り扱うことができるが、反証が提出されたためこの要件事実の証明が動揺を来したときには、証明の域に達するまでの立証活動が必要となる。)。〔中略〕
 原告は、引き続き被告らの業務に就労する意思と能力がある旨主張し、原告本人の供述中には右主張に沿う部分がないわけではないが、右認定事実によれば、原告は、株式会社Bの代表取締役として、株式会社Cとの間の営業委託契約に基づき、ゲームセンター事業を営んでいるというほかなく、原告が生活費を得るための単なるアルバイトをしているにすぎないということはできないのであって、原告本人の前記供述部分を採用することはできない。そして、株式会社B設立の時期その他本件訴訟の審理に表われた諸般の事情に照らすときは、本件訴訟提起当時において、原告に引き続き被告らの業務に就労する意思と能力があったとの主張に沿う(証拠略)及び原告本人の供述部分を採用することはできず、他に右主張事実を認めるに足りる証拠はない。
 そうすると、原告の請求は、既にこの点においても理由がないといわざるを得ない。