全 情 報

ID番号 06989
事件名 損害賠償請求控訴、同附帯控訴事件
いわゆる事件名 石川島興業事件
争点
事案概要  会社の工場内での交通事故の治療後、復職したものの約二か月後に急性心不全で死亡した労働者の遺族が、会社に対して安全配慮義務違反を理由とする損害賠償を請求していたケースで、原審とほぼ同様にその請求が認められた事例。
参照法条 民法415条
民法722条
体系項目 労働契約(民事) / 労働契約上の権利義務 / 安全配慮(保護)義務・使用者の責任
裁判年月日 1996年11月28日
裁判所名 大阪高
裁判形式 判決
事件番号 平成7年 (ネ) 1986 
平成8年 (ネ) 1882 
裁判結果 変更(確定)
出典 タイムズ958号197頁
審級関係 一審/06731/神戸地姫路支/平 7. 7.31/平成3年(ワ)605号
評釈論文
判決理由 〔労働契約-労働契約上の権利義務-安全配慮(保護)義務・使用者の責任〕
 休日出勤を含む長時間労働が続いたことによる過重な労働負担によって精神的・身体的負荷がかかると、心臓等に影響を及ぼし、脳血管疾患や心疾患などの急性循環器障害が発症し、その結果死亡に至る可能性があることが認められる。
 そして、右医学的見地から前記(三)(1)ないし(12)の事実を考察すると、開口障害、顔面の痺れ及び複視などの精神的ストレスを抱えたまま復職したAは、右復職当時、本件交通事故以前と同様の作業を行う身体的条件を具備していなかったにもかかわらず、前記認定のような残業、土曜出勤及び宿日直勤務に就いたため、結果的に同人の健康状態との関係で過重な負担となる労働を継続し、同人の身体に精神的・肉体的疲労が蓄積して慢性的過労状態となり、右慢性的過労状態が急性心不全の誘因となり、結果的に同人の死亡を招来せしめたと推認するのが合理的である。〔中略〕
 使用者は、労働者を雇用して自らの管理下に置き、その労働力を利用して企業活動を行っているものであるから、その過程において労働者の生命、健康が損なわれることのないよう安全を確保するための措置を講ずべき雇用契約に付随する義務(安全配慮義務)を負っており、したがって、労働者が現に健康を害し、そのため当該業務にそのまま従事するときには、健康を保持する上で問題があり、もしくは健康を悪化させるおそれがあると認められるときは、速やかに労働者を当該業務から離脱させて休養させるか、他の業務に配転させるなどの措置を執る契約上の義務を負うものというべきであり、それは、労働者からの申し出の有無に関係なく、使用者に課せられる性質のものと解するのが相当である。
 そして、本件におけるAの復職時の健康状態は、前記のとおり、直ちに本件交通事故前と同様の作業内容に従事できる状態になかったのであり、被告も右事実については、Bその他の同僚を通じて容易に知り得る状況にあったものと認められるのであるから、その復職にあたり、被告としても、Aの主治医と十分に相談し、あるいは産業医による判断を仰いだ上、Aの健康状態に応じて、残業及び宿日直勤務を禁じ、または、その作業量及び作業時間を制限し、あるいは右制限のみで不十分な場合には、その職種を変更する等の措置を講ずるべき義務を有していたものというべきである。〔中略〕
 被告には、Aの健康状態を悪化させないよう業務の量的、質的な規制措置を講ずる安全配慮義務が存在したところ、被告が右義務を尽くした事実は認められないし、又、被告が前記措置を執りえなかったとする事情は本件証拠上何らこれに窺うに足るものはないから、被告について過失が無かったということもできない。
 被告は、復職については、被告がこれを強制したものではなく、専らAの判断によるものであるし、また、Aからは、何ら体調に異常がある旨の申し出もなされなかったと主張するが、被告の負う前記安全配慮義務は、労働者の申し出により始めて生ずる義務ではなく、労働者の使用という事実により当然に発生するものであり、また、被告もAの前記療養の事実を認識していたのであるから、被告主張の右事実が存在したとしても、被告がこれにより免責されるものではない。
 したがって、被告は、安全配慮義務の債務不履行によってAに生じた損害を賠償すべき義務があるというべきである。〔中略〕
 被告は、A又はその家族において、Aの健康状態を知ることができたのであるから、適切な健康管理を行うことが可能であったとし、また、復職、残業及び宿直もAが自発的に行ったものであるから、Aには大きな過失がある旨主張する。
 しかしながら、安全配慮義務は、使用者において自己の支配下に労働者を置く場合、使用者に当然に生ずるものであることは前記説示のとおりであり、労働者が健康状態を悪化させない等の配慮を行う第一次的な義務は使用者側にあるのであるから、本件全事実に照らすと、仮に労働者に被告主張のような事実があったとしても、損害賠償額の算定につき斟酌すべき過失があったということはできない。