全 情 報

ID番号 06991
事件名 損害賠償請求、請負代金請求本訴、損害賠償請求反訴事件
いわゆる事件名 東京コンピューターサービス株式会社事件
争点
事案概要  コンピューター技術者の派遣業務を目的とする会社の幹部従業員が、在職中に、新会社設立を企て、退職後に右会社の従業員を引き抜いて、会社に損害を与えたとして損害賠償を請求された事例(請求一部認容)。
参照法条 民法415条
民法709条
体系項目 労働契約(民事) / 労働契約上の権利義務 / 信義則上の義務・忠実義務
裁判年月日 1996年12月27日
裁判所名 東京地
裁判形式 判決
事件番号 昭和63年 (ワ) 8573 
平成1年 (ワ) 1665 
平成1年 (ワ) 9740 
裁判結果 一部認容・一部棄却、棄却(確定)
出典 時報1619号85頁
審級関係
評釈論文
判決理由 〔労働契約-労働契約上の権利義務-信義則上の義務・忠実義務〕
 (一) およそ、会社の従業員は、使用者たる会社に対し、雇用契約に付随する信義則上の義務として、就業規則を遵守するなど労働契約上の債務を忠実に履行し、使用者の正当な利益を不当に侵害してはならない義務(以下「誠実義務」という。)を負い、従業員が右誠実義務に違反し、会社に対し損害を与えた場合には、雇傭契約上の債務不履行責任又は不法行為責任に基づいて右損害を賠償する義務があるというべきである。
 そこで、本件のような幹部従業員による部下の従業員に対する引抜行為が右誠実義務に違反するかどうかを検討するに、従業員は、職業選択の自由があり、転職先の条件等を比較考慮して各々の自由な判断に基づいて転職を決定することができ、右判断は最大限尊重されなければならない。したがって、従業員の引抜行為が単なる転職の勧誘にとどまるなど、その手段・方法・態様等が社会的に相当であると認められる限りは、自由で公平な活動の範囲内として違法性を欠き、それがたとえ引き抜かれる会社の幹部従業員によって行われたとしても、直ちに雇傭契約上の誠実義務に違反した行為ということはできない。しかしながら、その勧誘の態様が会社の存立を危うくするような一斉かつ大量の従業員を対象とするものであり、あるいは、幹部従業員がその地位・影響力等を利用し、会社の業務行為に藉口して又はこれに直接に関連して勧誘し、あるいは、会社の将来性といった本来不確実な事項についてこれを否定する断定的判断を示したり、会社の経営方針といった抽象的事項についてこれに否定的な評価をしたり、批判したりする等の言葉を弄するなど、その引抜行為が単なる転職の勧誘の域を超え、社会的相当性を逸脱した不公正な方法で行われた場合には、引抜行為を行った幹部従業員は雇傭契約上の誠実義務に違反したものとして、債務不履行責任又は不法行為責任を負うものというべきである。〔中略〕
 原告のようなコンピュータ技術者の派遣業にあっては、人材が唯一の資産であって、派遣されている事業所全部の従業員を一斉に引き抜けば、原告に対し従業員とともにその取引先を失うなど原告の会社の存立に深刻な打撃を与えるものであるにもかかわらず、被告Yはこのことを十分知悉した上で、原告の大量の技術者派遣先であるA会社、B会社与野工場、C会社などの派遣従業員全員に対し、一斉に勧誘行為を行っているのである。
 以上の諸点を考慮すれば、被告Yの本件引抜行為は、もはや適法な転職の勧誘の域にとどまるものとはいえず、社会的相当性を逸脱した違法な引抜行為と評価せざるを得ない。したがって、被告Yは、雇傭契約上の誠実義務に違反したものとして、本件引抜行為によって原告が被った損害を賠償すべき義務がある。