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ID番号 07006
事件名 損害賠償請求事件
いわゆる事件名 川崎製鉄所事件
争点
事案概要  第二次対戦中に朝鮮半島から強制連行され、わが国の会社で強制労働に従事させられ暴行傷害を受けたことを理由として右会社の従業員であった者が右会社に対して損害賠償を請求した事例(損害賠償請求権が消滅時効及び除斥期間の経過により消滅したとして請求棄却)。
参照法条 民法709条
民法415条
民法724条
民法166条
民法167条
体系項目 労働契約(民事) / 労働契約上の権利義務 / 安全配慮(保護)義務・使用者の責任
労働契約(民事) / 労働契約上の権利義務 / 使用者に対する労災以外の損害賠償
裁判年月日 1997年5月26日
裁判所名 東京地
裁判形式 判決
事件番号 平成3年 (ワ) 13515 
裁判結果 棄却(控訴)
出典 時報1614号41頁/タイムズ960号220頁
審級関係
評釈論文
判決理由 〔労働契約-労働契約上の権利義務-安全配慮(保護)義務・使用者の責任〕
〔労働契約-労働契約上の権利義務-使用者に対する労災以外の損害賠償〕
 1 民法七二四条後段は、不法行為に基づく損害賠償請求権は、不法行為の時から二〇年を経過したときは消滅すると規定するが、右規定は、除斥期間を定めたものと解するのが相当である。けだし、同条がその前段で三年の短期の時効について規定し、更に同条後段で二〇年の長期の時効を規定していると解することは、不法行為をめぐる法律関係の速やかな確定を意図する同条の規定の趣旨に沿わず、むしろ同条前段の三年の時効は損害及び加害者の認識という被害者側の主観的な事情によってその完成が左右されるが、同条後段の二〇年の期間は被害者側の認識のいかんを問わず、一定の時の経過によって法律関係を確立させるため請求権の存続期間を画一的に定めたものと解するのが相当であるからである(最高裁判所昭和五九年(オ)第一四七七号事件、平成元年一二月二一日第一小法廷判決民集四三巻一二号二二〇九頁)。
 右規定の以上の趣旨、性質に鑑みると、右規定の「不法行為ノ時」というのは、損害発生の原因をなす加害行為がなされた時をいい、字義どおり加害行為が事実としてなされた時と解すべきであり、当該加害行為のなされたことが被害者に認識された時若しくは認識され得るような外部的表象を備えるに至った時又は右加害行為によって損害が発生した時と解すべきものではない。
 また、前記のような除斥期間の趣旨、性質に鑑みると、除斥期間について中断及び停止の観念を容れる余地はないものと解すべきである。
 2 これを本件についてみると、前記認定の事実関係によれば、被告の原告に対する加害行為は、暴行が昭和一八年四月一〇日ころに行われ、これによる傷害が発生してその後遺障害が固定したのが遅くとも昭和一八年一〇月ころであったということができるから、遅くとも同月ころから二〇年の除斥期間がその進行を開始したものというべきである。
 そうすると、本件に除斥期間の適用があるとしてもその起算点は平成三年八月二七日である旨の原告の主張は、右に述べた理由により、採用することができない。
 3 したがって、被告が原告に対する暴行傷害に関与した不法行為に基づく損害賠償(原告に対する暴行傷害行為により毀損された名誉の回復措置を含み得る。)の請求権は、原告の後遺障害が固定した時から二〇年を経過した遅くとも昭和三八年一〇月ころまでには、除斥期間の経過により消滅したものといわざるを得ない。〔中略〕
 1 雇用契約上の付随義務としての安全配慮義務の不履行に基づく損害賠償請求権の消滅時効期間は、民法一六七条一項により一〇年と解される(最高裁判所昭和四八年(オ)第三八三号事件、昭和五〇年二月二五日第三小法廷判決民集二九巻二号一四三頁)が、右の一〇年の消滅時効は、同法一六六条一項により、右損害賠償請求権を行使し得る時から進行するものと解される。
 また、安全配慮義務違反による損害賠償請求権は、その損害が発生した時に成立し、同時にその権利を行使することが法律上可能になるものであって、右請求権の存否、行使の可否に関する被害者の認識いかんや被害者の一身上の事情等による請求権行使に対する事実上の障害は、時効期間の進行を妨げる事由とはならないものと解すべきである。
 2 これを本件についてみると、前記認定の事実関係によれば、原告が暴行を受けたことにより負った右肩胛骨骨折及び右腕脱臼の傷害の症状が固定し、後遺障害が特定したのが遅くとも昭和一八年一〇月ころであって、仮に本件当時において被告に安全配慮義務が認められ、かつ、安全配慮義務違反による損害賠償請求権が成立したとしても、右請求権は、右の症状固定の時から一〇年経過後の遅くとも昭和二八年一〇月ころまでには、消滅時効の完成により消滅したものといわざるを得ない。〔中略〕
 原告は、被告による消滅時効の援用は、権利の濫用にあたり許されないと主張するが、時効の援用が権利濫用に当たるというためには、債権者が債務者がその債務履行に向けた積極的な行動又は態度を示すためにこれを信頼して時効中断の措置をとらなかったところが債務者が時効期間満了時が近づいたころ以後に右の信頼を覆しそのため時効期間が徒過した後に時効を援用した場合、あるいは債務者が債権者の時効中断行為自体を妨害してその中断を困難ならしめた場合など、債務者の一定の行為により債権者が時効中断の措置をとらなかったことがやむを得ないものと評価され、ひいては、債務者の時効の援用が道義に反し社会的に許容されない不当な行動と認められる場合でなければならず、単に、時効にかかる請求権の発生原因たる債務者の行為が悪質であったこととか、被害法益が重要でかつ被害が甚大であったこととかのみでは、時効の援用が権利の濫用を構成するには至らないものといわなければならない。