全 情 報

ID番号 07078
事件名 地位保全仮処分申立事件
いわゆる事件名 医療法人社団聖仁会(横浜甦生病院)事件
争点
事案概要  経営不振の病院の土地・建物を競落して経営を引継ぎ、全職員を雇用した債務者法人が、就労条件をめぐって就労を拒否している労働者を普通解雇したのに対して、解雇された労働者が地位保全の仮処分を申し立てた事例(認容、一部却下)。
参照法条 労働基準法2章
労働基準法89条1項9号
労働基準法89条1項3号
体系項目 懲戒・懲戒解雇 / 懲戒事由 / 職務懈怠・欠勤
解雇(民事) / 解雇権の濫用
裁判年月日 1998年2月9日
裁判所名 横浜地
裁判形式 決定
事件番号 平成9年 (ヨ) 471 
裁判結果 一部認容、一部却下
出典 労働判例735号37頁
審級関係
評釈論文
判決理由 〔懲戒・懲戒解雇-懲戒事由-職務懈怠・欠勤〕
 債権者が債務者の業務命令にもかかわらず、A病院に出勤せず、労務の提供をしなかった行為が、懲戒解雇事由を定めた就業規則一六条〔1〕の「正当な理由がなく、又は、その届出を怠り、連続一四日以上の欠勤をしたとき」に該当するか、否かについて判断する。
 (一) 懲戒権は、企業秩序を維持するために、右秩序に違反した被用者に対して制裁を行う使用者の権能であり、使用者が被用者に対して課する懲戒は、広く企業秩序を維持確保し、もって企業の円滑な運営を可能にするための一種の制裁罰であり、被用者は雇用されることによって、企業秩序の維持確保を図るべき義務を負担することになるのは当然のことといわなければならない。
 (二) 前記第二の2及び3の事実によると、債権者の債務者に対する労働契約上の地位は、前訴本案事件における債務者の請求認諾が口頭弁論調書に記載された(これにより成立した口頭弁論調書を認諾調書という。)ことにより、その請求の趣旨及び原因で特定された請求を認容する判決が確定したのと同一の結果が生じ、右請求について既判力が生じたものということができる。そして、労働契約は、被用者が使用者に労働力を提供し使用者がこれに対して賃金を支払うことによって成立する双務有償の雇用契約を中核とするものである(雇用契約そのものといっても妨げない。)から、被用者は賃金債権を取得する前提として、自らの労働力を使用者に提供することが契約の要素とされている。したがって、右認諾調書が成立したことにより、債権者が債務者に対して労働契約上の権利を有する地位にあること及び債務者の賃金支払の給付義務が確定されたのであるが、それのみが確定されたとみることは相当ではなく、債権者と債務者との間の労働契約関係の存在が確定されたことにより、労働契約の本旨に従い、債権者において、債務者の求めに応じて労働力を提供すべき義務も同様に確定されたものと解するのが相当である。
 (三) しかして、被用者は、特別の事情のない限り使用者に労働力を提供すべき義務を免除されるものではないから、使用者からの就労の求めがあれば、正当な理由のない限り、これを拒否することができないことは当然である。
 ところで、欠勤は、労働契約に基づき労働者が負担する労務提供義務の不履行であるから、これによって賃金請求権の不発生、通常解雇等の債務不履行上の効果を生じるのが原則であるが、無届欠勤は使用者が欠勤者の補充等の措置を迅速に講ずることができず、日常の業務の運営や企業活動の維持に少なからず支障を来すことになるから、使用者は、企業秩序維持の観点からこれを懲戒の対象とすることが許されるものというべきである。また、正当な理由のない欠勤は、当該労働者が首肯すべき理由もなく恣意的に欠勤できるとすれば、勤務計画が立てられず、全体としての能率も低下し、他の労働者に過重又は不時の負担を強いることになるばかりか、勤労意欲の減退を招き、ひいては企業秩序を乱し、業務の運営に支障を生じることになるから、これも同様に懲戒の対象とすることが許されるというべきである。
 (四) これを本件についてみるに、債務者が債権者に対して平成八年一二月一八日にした同月二一日からの出勤を命じる業務命令は、同月一九日に認諾調書の成立により既判力をもって確定した債務者と債権者との間の労働契約上の使用者としての労務指揮権に基づく有効なものということができるから、債権者は、正当な理由のない限り、これを拒否することはできないというべきである。〔中略〕
 1 解雇権の行使も私権の行使にほかならないから、私権行使の一般原則である信義誠実の原則に従って行使すべきであり、解雇権の行使が権利の濫用に当たる場合は解雇は無効というべきである。そして、労働者に解雇事由がある場合においても、使用者は常に解雇しうるものではなく、当該具体的な事情の下において、解雇に処することが著しく不合理であり、社会通念上相当なものとして是認することができないときは、当該解雇の意思表示は、解雇権の濫用として無効になるものというべきである。〔中略〕
 債務者としては、債権者が業務命令を拒否して就労しなかったことに正当な理由がないから、労働契約上の債務不履行として、その分に相当する賃金カットをなしうるのであって、債権者の不就労により、職員の補充等の措置を講ずることができなかったとか、勤務計画が立てられなかったあるいは他の労働者に過重又は不時の負担を強いた等のA病院の業務の運営に具体的な支障が生じたとの事実を疎明すべき資料のない本件においては、債権者に対し、賃金カットという不就労に相当する不利益を超えて、労働者の収入の途を奪う結果となる解雇をすることは、懲戒解雇事由があるのに敢えて普通解雇を選択してしたことを考慮に容れてもなお、私権行使の一般的原則である信義誠実の原則に従って行使すべき解雇権の行使としては、著しく不合理であり、社会通念上相当なものとして是認することはできないものというべきである。本件解雇は、解雇権の濫用に当たり、無効である。