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ID番号 07131
事件名 賃金仮払仮処分命令申立事件
いわゆる事件名 広島第一交通事件
争点
事案概要  営業譲渡に伴う賃金体系の変更につき、就業規則又は労働協約の変更については、高度の必要性に基づく合理性が必要であるが、本件ではこの要件を欠くとして、旧賃金体系に基づく賃金支払の仮処分が認容された事例。
参照法条 労働基準法89条
民法1条2項
体系項目 就業規則(民事) / 就業規則の一方的不利益変更 / 賃金・賞与
裁判年月日 1998年5月22日
裁判所名 広島地
裁判形式 決定
事件番号 平成10年 (ヨ) 113 
裁判結果 一部認容、一部却下
出典 労働判例751号79頁
審級関係
評釈論文 北村賢哲・ジュリスト1176号116~119頁2000年4月15日
判決理由 〔就業規則-就業規則の一方的不利益変更-賃金・賞与〕
 二 右認定事実によれば、債務者における旧賃金体系から新賃金体系への変更は、就業規則、労働協約等に定められた賃金体系の不利益変更であり、平成九年度及び平成一〇年度については、旧Aタクシーないし債務者と本件組合との間に賃金体系に関する協定等は成立していないものの、賃金体系という労働者にとって重要かつ核心的な権利に関する変更に際しては、平成八年度までの協定等の内容は相当程度尊重されるべきであるし、就業規則及び労働協約の変更については、高度の必要性に基づく合理性が要求されるべきである。
 そして、債務者は、債務者の経営状態、本件組合の団体交渉拒否等に照らし、債権者らが旧賃金体系に基づく賃金を請求するのは、信義則に反する旨主張するが、右のような観点から疎明資料をみると、旧Aタクシーにおいては支出に占める人件費の割合が高くそれが経営を圧迫する要因であり、また、本件組合にはいたずらにAタクシーとの団体交渉に固執している面があるとは言い得るものの、旧Aタクシー及び債務者の全体としての経営努力の内容、程度等は必ずしも明らかではないこと、新賃金体系と旧賃金体系とは平均約四割の大きな格差があること(なお、債務者が主張するように三割程度の一般管理費が不可欠であることを前提としても、ここまで人件費率を抑制する必要性までは疎明がないことになる。)、旧Aタクシーから債務者への営業譲渡後、新賃金体系の導入に至る期間が一か月余りに過ぎないこと等に照らせば、債務者主張事由を考慮に入れても、債権者らが旧賃金体系に基づく賃金を請求することが信義則に反するとは言い難い。
 すると、債権者らは、被保全権利として、従前については、新賃金体系によるのと旧賃金体系によるのとの差額の賃金請求権を有し、また、将来に向かっては、平成九年の月額平均賃金と同額の賃金請求権を有するというべきである。
 なお、債務者は、将来の賃金仮払いについて、債権者らが今後これまでと同程度に稼働する保証はなく(退職の可能性もある。)、かえって、稼働しなくとも旧賃金体系に基づく高額の賃金が支払われるとなると、勤労意欲が減退する蓋然性が高い旨主張するが、債務者の側に債務不履行があるにもかかわらず、賃金算定方式に歩合制が含まれることを理由として、将来の賃金仮払いを否定するのは適当でなく(通常の賃金仮払仮処分のように固定給の場合と結論を異にすべき理由はない。)、一応合理的な算定方法である平成九年の平均月額賃金による方法により算定された予測賃金について必要性の範囲内で仮払いを命ずることに違法又は不当な点はなく、債務者主張の点は、通常の賃金仮払仮処分の場合と同様に、本案判決、事情変更による保全命令取消し等の法定の手続で是正されるべきものというほかない。
 三 進んで、保全の必要性について判断するに、右認定事実のほか、疎明資料に現れた各債権者の新賃金体系に基づき予測される賃金(少なくとも旧賃金体系に基づく予測賃金の五割程度と一応認められ、その範囲内では、債務者からの任意の支払が期待される。)、家族構成、家族の収入、資産、支払家賃、支払ローン、本決定までの生活状況等の諸般の事情、さらには、本案第一審判決までの予想審理期間(二年程度)にかんがみれば、保全の必要性が認められるのは、本決定前までに支給されるべきであった差額賃金(過去の賃金)については、債権者Bにつき一三万〇一六八円、同Cにつき八万円、同Dにつき二〇万円(疎明資料に照らし、旧賃金体系による賃金の算定方法としては債権者ら主張の方法を相当と認める。)、本決定後に支給されるべき賃金(将来の賃金。債務者からの任意の支払が期待される部分を含む。)については、別紙仮払金目録記載の各債権者について本案第一審判決言渡しまでに支給されるべき同目録「仮払金」欄記載の金額部分とするのが相当である。