全 情 報

ID番号 07176
事件名 保険金引渡請求事件
いわゆる事件名 秋田運輸事件
争点
事案概要  団体定期保険契約につき、本件契約の目的は、その保険金をもって従業員に対する福利厚生ないし遺族の生活補償のため、高度障害の場合の給付金や死亡の場合の遺族に対する弔慰金の支給をすることにあるとし、使用者は、保険金の約三分の一を見舞金ないし遺族への弔慰金として支払うべきとされた事例。
 従業員の自動車事故による対物損害賠償金、休車損害等の求償権による債権と、団体定期保険契約における従業員の弔慰金とを相殺することは労働基準法二四条一項に違反するとされた事例。
参照法条 商法674条1項
民法715条
労働基準法24条1項
体系項目 労働契約(民事) / 労働契約上の権利義務 / 団体生命保険
賃金(民事) / 賃金の支払い原則 / 通貨払
裁判年月日 1998年9月16日
裁判所名 名古屋地
裁判形式 判決
事件番号 平成4年 (ワ) 428 
裁判結果 一部認容、一部棄却(控訴)
出典 時報1656号147頁/金融法務1535号73頁/金融商事1051号16頁/労働判例747号26頁
審級関係
評釈論文 岩城謙二・法令ニュース33巻12号16~21頁1998年12月/山下典孝・金融・商事判例1068号53~59頁1999年6月15日/渡邊絹子・ジュリスト1173号141~143頁2000年3月1日
判決理由 〔労働契約-労働契約上の権利義務-団体生命保険〕
 本件団体定期保険契約については、前記のとおり、その保険料の三分の一程度は従業員であるAが負担してきたことが明らかであるところ、このような保険料の負担をしてきたAにおいて、本件団体定期保険契約加入の目的が、第一次的に被告に生じた損害の補てん等にあって、自己やその遺族には、補てん後の残額があった場合にだけその残額の支給を受けるということで了解していたとは、にわかに首肯し難いというべきである。むしろ、Aが、右のように保険料の少なからぬ割合を負担していたという事実は、A自身が、本件団体定期保険契約の保険金から、相当額の見舞金ないし弔慰金の支払を受けるものと見込んでいたことを推測させ得るものであるのみならず、被告においても、Aのそのような認識を了知していたことを窺わせるものといわなければならない。前段認定の諸事実に右の事情を併せて勘案してみると、被告が本件団体定期保険契約を締結した趣旨目的は、特段の事情が認められない限り、その保険金をもって、従業員に対する福利厚生ないし遺族の生活保障のため、高度障害の場合の給付金や死亡の場合の遺族に対する弔慰金の支給を目的としたものと解すべきである。
 そして、以上のような本件団体定期保険契約の締結の趣旨目的から、被告は、その被保険者となったAに対し、その保険金をもって、右の見舞金ないし遺族に対する弔慰金を支払う旨を約したものと解するのが相当である。〔中略〕
 被告は、本件団体定期保険契約に基づいて支払われた保険金をもって、Aの遺族に対し、弔慰金の支払をすべきものであるところ、その保険金額が、弔慰金としての趣旨に照らして相当額を超えるものである場合には、その超過部分を従業員に支給させるのは、これまた理由のないことであって、従業員もそれを取得したり、自己又は遺族にこれを支払うよう請求する法的根拠はないというべきである。
 そこで、本件団体定期保険契約についてAに掛けられた保険金合計二〇〇〇万円が、Aの死亡に伴って原告ら遺族に支払われる金額として相当であるかというに、同人の被告における運転手としての稼働年数が七年間程度であることや同人の昭和六二年度の年間給与及び賞与等の総額が四五三万九〇〇〇円であること(〈証拠略〉)、また企業における弔慰金のおよその支給水準(〈証拠略〉)その他の事情に照らすと、Aの死亡に伴う弔慰金としての右の金額は過大といわなければならない。本件において、この弔慰金としての相当額を判定するについては、同人の前記稼動年数や年収額、弔慰金のおよその支給水準等を考慮するほか、本件について特に認められる事情として、前記のとおり、Aが本件団体定期保険契約の保険料の三分の一程度を負担してきたことが考慮されなければならない。また一方、本件においては、前述のとおり、被告においてAの運転していた車両に本件自動車保険契約を付保しており、その自損事故保険金(死亡保険金)として一四〇〇万円が原告ら遺族に支給されることになり、その金額も相当高額であって、このことを度外視するのも相当とは解されないから、この事情をも考慮すると、本件団体定期保険契約の保険金二〇〇〇万円のうち、弔慰金支給の付保目的に照らして支払われるべき相当な金額は、右保険金のおよそ三分の一にあたる七〇〇万円をもって相当と認めるべきである。〔中略〕
〔賃金-賃金の支払い原則-通貨払〕
 四 そうすると、被告は、原告らに対し、自損事故保険金一四〇〇万円の引渡しと、本件団体定期保険契約の保険金から弔慰金として七〇〇万円を支払う義務があるところ、(証拠略)、被告代表者本人の供述並びに弁論の全趣旨によれば、被告は、既に弔慰金に相当する金額として合計二二三万八〇〇〇円を支払ったことが認められる(抗弁2)から、弔慰金としての保険金の未払残額は四七六万二〇〇〇円になる。
 また、被告が、前記求償権による相殺の意思表示を平成四年三月三〇日の本件第一回口頭弁論期日において行ったことは本件記録上明らかであるが、弔慰金については、労働基準法二四条の全額払いの原則に照らして相殺することが許されないと解されるから、これを自損事故保険金一四〇〇万円の引渡請求権と対当額で相殺するものとし、その残額は七六六万六六八〇円となる。
 これら未払残額の合計は一二四二万八六八〇円となるところ、原告らはこれを法定相続分によって取得したものと解されるから原告X1についてはその二分の一の六二一万四三四〇円、原告X2及び原告X3については、各四分の一の三一〇万七一七〇円宛を取得したことになる。