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ID番号 07250
事件名 懲戒処分無効確認請求事件
いわゆる事件名 北里学園事件
争点
事案概要  大学教授は助教授以下の教員に対する指揮監督権限を有しており、教授からの講義分担部分の試験問題の作成・提出指示を拒否し、反抗的態度をとったことを理由とする医学部助教授に対する一年間の昇給停止処分が有効とされた事例。
参照法条 労働基準法89条9号
体系項目 懲戒・懲戒解雇 / 懲戒権の濫用
懲戒・懲戒解雇 / 懲戒事由 / 業務命令拒否・違反
懲戒・懲戒解雇 / 処分の量刑
裁判年月日 1998年12月16日
裁判所名 東京地
裁判形式 判決
事件番号 平成6年 (ワ) 13218 
裁判結果 一部却下、一部棄却(控訴)
出典 労働判例768号68頁
審級関係
評釈論文
判決理由 〔懲戒・懲戒解雇-懲戒事由-業務命令拒否・違反〕
 (1) 解剖学実習説明講義の分担について
 前記認定のとおり、原告は、A教授の平成三年九月一七日の合同教室会議における解剖学実習説明講義の分担の依頼を拒否したものである。
 しかしながら、原告が右依頼に応じなかった理由は、B元教授が指導していたころは実習説明講義を行っていなかったため、初年度はA教授に手本を示して欲しいという点にあったということができるから、原告が不当な理由によりA教授の依頼を拒否したとまで断ずることはできない。
 また、前掲各証拠によれば、A教授が原告に対して解剖学実習説明講義の分担を求めたのは、原告の自発的な協力を求めたのであり、その実施を指示、命令したものではなく、依頼したにとどまるものと認められ(A教授もこれを自認していると考えられる。)、それ故に、右依頼が承諾されなくても原告に対して特に措置が執られたことはなく、平成三年度はA教授一人で解剖学実習説明講義を担当することが決定されたということができる。
 したがって、原告がA教授の平成三年九月一七日の合同教室会議における解剖学実習説明講義の分担の依頼を拒否したことをもって、原告がA教授の業務上の指示、命令に対して不当に反抗したということはできないし、これによりA単位の秩序が乱されたことを認めるに足りる証拠はないから、原告の右拒否が就業規則六二条五号の懲戒事由に該当するということはできない。
 (2) デモンストレーション遺体解剖の実施について
 前記認定のとおり、原告は、平成三年九月ころ、A教授からデモンストレーション及び解剖学実習試験のため遺体解剖を行うように求められたが、これを拒否したものである。しかしながら、A教授が遺体解剖の実施につき業務上の指示命令を発したことまで認めるに足りる証拠はない。
 よって、原告の右拒否が就業規則六二条五号の懲戒事由に該当するということはできない。
 (3) 解剖学【1】講義の分担について
 前記認定のとおり、原告は、平成三年一〇月二日の教室会議におけるA教授の解剖学【1】の講義を一部分担するようにとの指示を拒否し、さらに同月九日の教室会議におけるA教授の同様の指示も当初拒否したものである。
 原告が述べた右拒否の理由は原告の助教授としての地位及び職責に照らし正当な理由と認めることはできない。
 しかしながら、原告は、結局、A教授及びC専任講師の説得により解剖学【1】のうち一〇コマを分担することを承諾し、担当範囲の講義を行っているから、右分担は前記認定のA教授及び他の教員の分担コマ数と比べ、助教授としての職責を十分に果たしたものといい難いものの、原告がA教授の平成三年一〇月二日及び九日の教室会議における解剖学【1】の講義の分担に関する指示に対して不当に反抗し、もってA単位の秩序を乱したとまで認めることは難しく、就業規則六二条五号の懲戒事由に該当することは否定せざるを得ない。
 (4) 解剖学【1】の試験問題作成の分担について
 前記認定のとおり、原告は、平成四年一月二二日の教室会議においてA教授がした、解剖学【1】の原告が講義を担当した部分についての期末試験問題と追試験、再試験の試験問題の提出の指示を拒否したものである。
 原告はその後A教授から書面により右試験問題作成を求められてから、一応試験問題を作成、提出しているが、その後、A教授が自ら問題を作成しているほか、後記のとおり平成四年二月五日に開かれた教室会議において原告が作成した試験問題の当否が議論として取り上げられ、A教授と原告との間で激しい議論となり、その終了後本件殴打事件が発生していること、右教室会議における原告の発言内容を考えると、原告は前記のとおり解剖学【1】の科目責任者が原告からA教授に変更されたことから、A教授の前記指示に反発し、反抗的態度に終始したものであり、その結果職場秩序を乱したものといわざるを得ない。
 したがって、原告は業務上の指示命令に不当に反抗したものであり、就業規則六二条五号の懲戒事由に該当するというべきである。
 (5) 骨学実習の試験問題作成の分担について
 前記認定のとおり、原告は、平成四年一月二九日の教室会議においてA教授がした、骨学実習の原告の講義分担部分について試験問題と追試、再試の問題を作成して提出するようにとの指示を拒否し、結局、作成しなかった。
 原告は右指示を受けた事実を否定するが、原告が骨学実習の講義を分担した事実及びA教授は講義を分担した者に分担部分の試験問題を作成させていたことからして、A教授が右指示をしたことを証する証拠(〈証拠略〉)は信用することができ、原告の主張に沿う証拠は採用することができない。
 原告の右拒否には何らの正当性も認められず、それはA教授の指示に対する不当な反抗というほかなく、原告の助教授という地位と職責及び試験問題の作成は本来の教育業務の重要な一部であること等にかんがみると、原告の右拒否はA単位の他の教員に少なからず影響を及ぼしたことが容易にうかがわれ、A単位の秩序が乱れたことが認められる。
 したがって、右事実は就業規則六二条五号の懲戒事由に該当するものである。〔中略〕
〔懲戒・懲戒解雇-懲戒権の濫用〕
〔懲戒・懲戒解雇-処分の量刑〕
 7 処分内容の相当性及び懲戒権の濫用について
 以上によれば、本件懲戒処分において就業規則六二条五号に該当すると認められる事実は、平成四年一月二二日の教室会議においてA教授がした、解剖学【1】の原告が講義を担当した部分についての期末試験問題と追試験、再試験の試験問題の提出の指示を原告が拒否し、その後も反抗的態度に終始した行為及び同年一月二九日の教室会議においてA教授がした、骨学実習の原告の講義分担部分について試験問題と追試、再試の問題を作成して提出するようにとの指示を原告が拒否した行為である。
 右各事実は、告知書記載の事実のうちの一部にとどまるが、原告の本来の業務の中核たる教育業務についての所属上長の指示に対して不当に反抗して職場の秩序を乱したものであり、原告が助教授という地位にあることからすれば、その重大性を看過することはできない。
 A教授の原告に接する態度について適切とはいえない部分があったと認められるが(〈証拠・人証略〉)、これを考慮しても、右各行為の重大性を否定することはできないから、被告が原告に対して行った一年分の昇給停止の懲戒処分は、当該具体的事情の下において、それが客観的に合理的理由を欠き社会通念上相当として是認することができないものとはいえず、権利の濫用として無効になるものではない。