全 情 報

ID番号 07255
事件名 損害賠償請求事件
いわゆる事件名 JR東日本東京総合病院事件
争点
事案概要  カルテ整理のための業務等に従事していた病院職員が頚肩腕症候群に罹患したのは、被告の安全配慮義務違反のためであるとしてなされた損害賠償請求につき、本件症状と業務との間の因果関係は認められないとして、右請求が棄却された事例。
参照法条 民法415条
体系項目 労働契約(民事) / 労働契約上の権利義務 / 安全配慮(保護)義務・使用者の責任
裁判年月日 1998年12月24日
裁判所名 東京地
裁判形式 判決
事件番号 平成6年 (ワ) 19564 
裁判結果 棄却(控訴)
出典 労働判例759号62頁
審級関係
評釈論文
判決理由 〔労働契約-労働契約上の権利義務-安全配慮(保護)義務・使用者の責任〕
 原告の前示業務内容及び業務量等が、原告の本件症状を引き起こす程度のものであったかどうかについて判断する。
 (一) 退院カルテ回収の作業内容は、同一作業を反復して行うものでも、同一肢位を強制されるものでもなく、カルテ回収の頻度に照らせば、右作業が過重なものであったとは窺えない。
 (二) カルテ製本作業は、上肢に反復して力のかかるもの、バインダーの開閉作業は、指に反復して力のかかるものであり、カルテの移動作業は、上肢をある程度同一の状態に保つ必要がある。
 しかしながら、カルテ製本作業において、大型ホチキスを用いなければならなかったカルテは、平成元年では最大四三八〇冊であり、一日の製本数は平均十七、八冊で、そのうち複数回の打刻を要すると考えられるものは一冊程度である。
 また、バインダーの開閉作業については、回収したカルテと新たなカルテの準備に伴うものであるところ、回収カルテの数は右と同様である上、カルテ準備の内容は全二三科についてバインダーにセットする程度のものであった。
 カルテの移動作業については、カルテの貸出件数は、年間約一四〇四件(一日あたり五、六件)にすぎず、ファイリングに伴う移動も、平成元年八月からは横積みにするだけでほとんど行われておらず、三か月分を一年間かけて収納する程度のものであり、カルテの大移動は、二、三か月に一度しか行われていなかった。
 以上の作業は、前記第三の二1で認定のとおり、二名から四名で行っていたことを加味して考えると、個々の作業がそれほど過重であったということができないことは、多言を要しない。
 (三) ところで、原告は、病歴室全体の作業量が、年間退院患者数に比して病歴室の人員配置が少なすぎたため、過重となっていた旨主張する。
 そこで検討すると、証拠(〈証拠略〉)によれば、カルテの保管業務のみを行う場合、保管業務に加え管理業務も行う場合のそれぞれについて必要人員の基準が提唱されていることが窺えるが、この基準も現実の担当業務の範囲及び業務量によって具体的に検討されるべきものとされており、これを絶対的な基準とすることはできない。しかも、本件においては、原告の業務内容に管理業務とされる記録の量的点検作業が含まれているかどうかについては証拠上明らかではない(むしろ、原告本人尋問の結果によれば、原告が配属されてしばらくしてからは、未回収カルテの督促、カルテの疾病コードの点検さえほとんど行われていなかったことが窺える。)。そして、右業務の有無、程度が病歴室の適正配置人員を左右する要因であることが右(証拠略)の記載自体から明らかであるから、結局、これらが明らかでない本件においては、原告の右所論を採用することはできない。
 4 (証人A)は、原告の本件症状を、業務に起因する頚、肩、腕の痛み、痺れ等を中心とする疾病という意味で頚肩腕症候群の中の「頚腕症候群」と診断すべきであるとし、その根拠として、頚肩腕症候群の一般的発症根拠は物理的負荷と精神的ストレスであり、業務との因果関係を考察する場合、(一) 発症時期と業務従事期間の相互関係、(二) 業務への従事の有無と症状の軽重との相互関係、(三) 同様の業務に従事している者の発症傾向の有無の三点を主要な判断要素と考えるところ、本件では、これらが認められる旨供述し、(証拠略)(同人作成名義の陳述書及び「意見書の提出について」と題する書面)にも同様の記載がある。
 しかしながら、A証人の指摘する(二)の点については、前記認定のとおり、原告は上肢に負担となると考えられるカルテ製本作業について平成二年六月一九日以降従事しておらず、カルテ大移動についても少なくとも平成三年二月の大移動及びそれ以降のものについては行っていないにもかかわらず、同年三月に原告の症状は特に悪化し、その後の回復も緩慢であり、平成七年二月に病歴室から離れたにもかかわらず平成八年二月の時点でも症状は続いているとの原告本人の供述は、A証人の根拠とするところに疑念をさしはさむものということができる。もっとも、原告は、この間の事情として精神的なストレスによるものであるとのA証人の供述等を挙げるが、現に病歴室を離れてから一年ほど経っても症状が軽快していないことの合理的な説明はなく、にわかに採用することはできない。また、A証人の指摘する(三)の点については、これを裏付ける的確な資料はない。その他、A証人は、原告の疾患の疑いについて種々指摘をしているが、その根拠は十分なものではないから、採用することができない。
 5 以上に説示したとおり、原告の病歴室における業務内容及び業務量は、個別作業においても、作業全体をみても、過重であったということはできないこと、原告の本件症状が、変形性頚椎症によるものであるとの疑いが否定できないこと、原告の本件症状は、その発症においては原告の業務従事期間と相関関係が認められるものの、負担と考えられる業務に従事しなくなった以降も原告の症状は一進一退で軽快することはなく、さらに病歴室から移(ママ)動しても回復が緩慢である等業務への従事の有無及び業務量と原告の症状との間に相関関係が認められないこと等を総合して判断すると、原告の本件症状について、原告が従事していた業務が有力な原因であるとまではいえず、原告の本件症状と業務との間に相当因果関係があるとすることができない。原告に対しては、労働者災害補償保険法に基づく給付決定がなされているが(第二の二4)、これによって前示判断が覆されるものではない。
 そうすると、その余の点を判断するまでもなく、被告には原告の本件症状による損害を賠償すべき責任はない。