全 情 報

ID番号 07295
事件名 損害賠償請求事件
いわゆる事件名 東京セクシュアルハラスメント(水産物販売会社)事件
争点
事案概要  女性社員が男性上司からセクシュアルハラスメントを受け、両者間に示談が成立したが、その後両者間でトラブルが発生し、会社は女性社員に退職勧告したが、右勧告は解雇に当たるとして、右解雇は正当な理由なく解雇権の濫用に当たり無効とされ、六か月の給料相当額、賞与相当額及び慰謝料三〇万円の支払が命ぜられた事例。
 右セクシュアルハラスメントを会社が看過し、個人的な争いとして扱ったことにつき、慰謝料二〇万円の支払が会社に命ぜられた事例。
参照法条 労働基準法2章
体系項目 労基法の基本原則(民事) / 均等待遇 / セクシャル・ハラスメント、アカデミック・ハラスメント
労働契約(民事) / 労働契約上の権利義務 / 使用者に対する労災以外の損害賠償
解雇(民事) / 解雇事由 / 職務能力・技量
裁判年月日 1999年3月12日
裁判所名 東京地
裁判形式 判決
事件番号 平成9年 (ワ) 13805 
裁判結果 一部認容、一部棄却(確定)
出典 労働判例760号23頁
審級関係
評釈論文 水谷英夫・労働法律旬報1481号24~35頁2000年6月10日
判決理由 〔労基法の基本原則-均等待遇-セクシャル・ハラスメント〕
〔労働契約-労働契約上の権利義務-使用者に対する労災以外の損害賠償〕
〔解雇-解雇事由-職務能力・技量〕
 一 解雇の成否について(解雇か合意退職か)
 被告代表者は、平成九年三月二六日、原告とAとが、Aのセクシュアル・ハラスメントをめぐっていつまでも会社内にいさかいを持ち込み、社内の雰囲気を著しく害していることを理由に、このような態度が、被告の従業員としてふさわしくないし、そのことが仕事にも大変な悪影響を及ぼすと判断し、同年三月二七日に原告とAに対し、本来なら懲戒解雇であるが、両者の将来を考えて一緒に同年四月末日限り依願退職の形で辞めてもらいたいと告げたこと、Aは、被告代表者に対し、同年五月一二日付けで「退職願」と題する書面(〈証拠略〉)を提出したが、原告は、退職金を受領したものの、Aのように退職届を提出しなかったこと、被告代表者は、原告に対し、同年四月二四日、同年四月末日の退職日を同年五月一五日まで延ばして欲しい、後任は既に決まっている旨告げたこと、被告代表者は、同年四月二五日、他の従業員の前で原告が辞職する旨を述べたこと、被告代表者は原告の後任としてBを復職させることとし、同年五月一日、六日及び九日にBを来社させたこと、原告は、同年五月六日及び九日、Aの指示によりBに事務を引き継いだこと、同年五月二二日、被告が作成した「離職票賃金支払い証明書」と題する書面(〈証拠略〉)が原告に送付されてきたが、この書面には、離職理由として事業所の都合による整理解雇である旨記載されていたこと、原告は、不眠状態に陥り、同年六月一三日に診療所で診療を受け、同年六月一九日には「うつ状態」という診断を受け、同年七月四日に本件訴訟を提起していること、以上の事実が認められることは前記のとおりである。
 右の事実によれば、被告代表者は、原告に対し、本来なら懲戒解雇であるとまで告げた上で、依願退職の形で辞めるよう求め、原告の後任のBを採用して原告に引き継ぎを行うよう求め、他の従業員に対し原告が退職することになったと述べて、原告が勤務を継続することを事実上不能にしており、他方、原告は、右の事情から勤務を継続することができず、解雇の効力を承認せざるを得ないと判断し、退職金を受領したものの、Aのように退職届を提出しなかったものであるから、被告代表者は、遅くとも平成九年五月一五日までに原告を解雇する旨の意思表示をしたものと認めることができる。
 二 本件解雇の違法性について
 1 平成九年三月二六日、原告は、被告の従業員に見せるため、出勤後すぐ、被告のコピー機を使って原告が送った内容証明とAの謝罪文のコピーを取り始めたこと、Aがこれに気が付き、事務所内で原告を追い回し、原告に対し、内容証明に不満があると述べ、弁護士の所へ行こうと言い募ったこと、原告は、抜山弁護士に話すよう答えたが、Aは、収まらず、自ら抜山弁護士に連絡を取り、同日午後二時半に面談する約束を取り付けたこと、被告代表者は、出勤すると、社内の雰囲気が異様であると感じ、C部長らに問いただし、Aと原告とが社内で大声で言い争いをしており、他の従業員の間にも気まずい雰囲気が漂ってしまったとの報告を受けたこと、そこで、被告代表者は、原告とAとが、Aのセクシュアル・ハラスメントをめぐる争いを蒸し返して会社内でいさかいをして、他の従業員に悪影響を及ぼしており、両者のこのような態度が被告の従業員としてふさわしくないと判断し、前記のとおり、原告とAに対し、本来なら懲戒解雇であるが、両者の将来を考えて一緒に同年四月末日限り依願退職の形で辞めてもらいたいと告げたこと、以上の事実が認められることは前記のとおりである。〔中略〕
 右の各点を考えると、原告の前記行為は、被告の就業規則の定める懲戒解雇事由又は解雇事由に形式的に該当するとしても、原告が前記行為に及んだ原因、行為の態様、被告の事務を阻害した程度に照らすと、解雇されてもやむを得ないものということはできないから、本件解雇は、正当な理由を欠くものであり、解雇権を濫用した無効のものといわざるを得ない。〔中略〕
 しかるに、被告代表者は、セクシュアル・ハラスメント問題の本質を見抜くことができず、その加害者であるAの弁解を軽信し、原告とAとの間の問題は個人的な問題であるにすぎず、それが両者の間で私的ないさかいに発展したにすぎないととらえたために、両者が個人的な争いを蒸し返して社内秩序を乱したものと判断し、原告に対し、本来なら懲戒解雇であるが、将来を考えてAと一緒に同年四月末日限り依願退職の形で辞めてもらいたいと告げ、結局、本件解雇をするに至ったものであるから、被告代表者が右判断に基づいて原告を辞めさせる正当な理由があると考えて本件解雇をしたことには、過失があるというべきである。〔中略〕
 原告は、被告から、毎月の給与として、基本給一七万五〇〇〇円、資格手当五万円、住宅手当三万円、特別手当三万円及び食費手当五〇〇〇円、以上合計二九万円(社会保険料、所得税込み)の支払を受けていた。〔中略〕
 原告は、本件解雇がされなければ、平成九年七月には給与月額の二箇月分に相当する夏期賞与五八万円の、同年八月には給与月額の一箇月分に相当する決算賞与二九万円の支給を受けることができるはずであったから、原告は本件解雇により合計八七万円の損害を受けたものと言うべきである。
 2 慰謝料
 (証拠略)及び原告本人尋問の結果によれば、原告は本件解雇により、安定した給与収入を失い、再就職できるかどうかの不安にさいなまれたことが認められるから、右精神的苦痛を慰謝するには、逸失利益相当額の損害賠償を受けられることを考慮してもなお三〇万円の支払を必要とする。
 また、原告は、被告代表者に対してAからセクシュアル・ハラスメントを受けたことを申し出て、適切な措置を執ることを期待したのに、Aと原告との間の個人的な問題、私的ないさかいにすぎないととらえられ、本件解雇をされるに至ったものであるから、このことによっても精神的苦痛を受けたものであり、これを慰謝するには二〇万円が相当である。
 五 結論
 以上の次第であって、原告の請求は、損害金三一一万円及びこれに対する不法行為のあった日の後である平成九年七月一三日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから、これを認容し、その余の請求は理由がないから失当としてこれを棄却する。