全 情 報

ID番号 07296
事件名 遺族補償給付等不支給処分取消請求事件
いわゆる事件名 サンコー・大町労働基準監督署長事件
争点
事案概要  プレス加工業務に従事していた者の自殺につき、本件業務については反応性うつ病を発症させる一定程度以上の危険性が存しており、業務と右発症との間には因果関係があり、また本件自殺は反応性うつ病の因果関係として発生したもので業務上に当たるとして、遺族補償給付を不支給とした労基署長の決定が取り消された事例。
参照法条 労働基準法施行規則35条別表第1の2第1~8号
労働者災害補償保険法7条1項1号
労働者災害補償保険法12条の2の2
労働者災害補償保険法12条の8
体系項目 労災補償・労災保険 / 業務上・外認定 / 業務起因性
労災補償・労災保険 / 業務上・外認定 / 自殺
裁判年月日 1999年3月12日
裁判所名 長野地
裁判形式 判決
事件番号 平成9年 (行ウ) 2 
裁判結果 認容(確定)
出典 労働判例764号43頁
審級関係
評釈論文 丸谷浩介・法政研究〔九州大学〕66巻4号473~483頁2000年3月/古西信夫、古西律子・労働経済旬報1629号13~16頁1999年4月5日/松村文夫・労働法律旬報1455号33~35頁1999年5月10日/西森みゆき・平成13年度主要民事判例解説〔判例タイムズ1096〕282~283頁2002年9月/石井保雄・亜細亜法学35巻2号205~228頁2000年12月
判決理由 〔労災補償・労災保険-業務上・外認定-自殺〕
〔労災補償・労災保険-業務上・外認定-業務起因性〕
 3 本件自殺の業務起因性
 (一) 労災保険法一二条の二の二第一項は、「故意に負傷、疾病、障害若しくは死亡又はその直接の原因となった事故を生じさせたときは、政府は、保険給付を行わない。」と定めているが、この規定は、当該負傷、疾病若しくは死亡の結果がそもそも業務を原因とせず、業務と右死亡結果等との間に条件関係すら存在しない場合に労災保険給付を行わないという当然の事理を確認的に規定したものと解される。
 そして、業務に起因する反応性うつ病に罹患した労働者が自殺により死亡した場合に、当該自殺の業務起因性について判断するためには、前判示一2の認定基準に照らせば、当該労働者の自殺当時の病状、精神状態、自殺に至った動機や背景事情等を具体的かつ全体的に考察し、これを反応性うつ病と自殺との因果関係に関する医学的知見に照らし、社会通念上、反応性うつ病が当該労働者の自殺という結果を招いたと認められるか否かについて検討し、これが肯定される場合には、当該自殺は、反応性うつ病の発症ひいては当該業務との間に相当因果関係があるということができる。
 (二) この点に関し、被告は、反応性うつ病に罹患した者が自殺に至った場合であっても、同疾病の患者が必ず自殺に至るものではないのであるから、反応性うつ病の発作により心神喪失の状態に陥り自由意思の介在が認められないままに自殺したような場合以外は、直ちに当該死亡結果が業務に内在ないし通常随伴する危険の現実化として自殺したものと評価することはできない旨主張する。
 しかしながら、前判示三のうつ病の病態、前掲の(人証略)の証言及び意見書によれば、反応性うつ病に罹患した者は、その症状である暗い抑うつ気分の存在とともに将来に対する積極的な展望が不可能になり、未来が閉塞されているように感じられ、また本人自身に関する価値意識が著しく下がり、激しい不安や焦燥感が襲ってくるがゆえにほぼ一〇〇パーセント希死念慮にとらわれるようになり、これが高じると自殺念慮に至り、遂には本人の精神力が忍耐の限界に達し自殺決行の強い誘惑にかられ、自殺企図につながる場合があること、うつ病による自殺は、制止症状の弱い発症の初期及び寛解期に多いこと、このようにして起こるうつ病時の自殺は事の是非に関する冷静な判断力の働かない状況下で行われる病的自殺であって、本人に事理弁別を求めることはまず不可能であることなどの各医学的知見が認められる。
 (三) そして、亡Aは、本件自殺からさほど乖離していない時期に反応性うつ病を発症したこと、本件自殺当日の午前二時過ぎに帰宅してから、何度も翌朝早く起こすように原告に頼み、自殺を示唆するような言動や態度を見せていなかったのに、翌朝パジャマ姿のまま自宅の車庫において遺書等も残さず本件自殺に及んでおり、これは発作的な自殺とみるほかないこと、亡Aが朝にうつ症状が重かったこと、以上の諸点に前記医学的知見を併せ考慮すれば、社会通念上、本件自殺は、反応性うつ病の通常の因果経過として発生したものと解することができる。
 右反応性うつ病が亡Aの過重な業務と相当因果関係を有することは前判示のとおりであるから、本件自殺は、結局、業務に内在ないし通常随伴する危険性が現実化したものとして業務との間に相当因果関係が肯認されるというべきである。