全 情 報

ID番号 07418
事件名 保険金引渡請求控訴事件
いわゆる事件名 パリス観光事件
争点
事案概要  パチンコ店を経営する会社Yの支店統括責任者として、包括的権限を委譲されて勤務していたY代表者の実子でもあるAの妻子Xらが、AがYから締結権限を委ねられて、生命保険会社との間で、被保険者をA、保険金受取人をYとする「定期保険特約付終身保険契約」を締結していたところ死亡したため、その保険金がYに支払われたが、保険会社に交付された付保規定には「保険金の全部またはその相当部分は、死亡退職金または弔慰金の支払に充当する」旨の規定があることから、AとYの間で右保険金をAの相続人に支払う旨の合意が成立しているとして、不当利得返還請求権に基づき右保険金の引渡しを請求したケースの控訴審で、AとYとの間で、付与規定と同趣旨の、保険金の全部又は相当部分を死亡退職金又は弔慰金として遺族相続人に対し相続分に従って支払う旨の合意が成立したと認定した原審を支持したうえで、Xらに支払うべき保険金の額については、保険金の額から支出金の他にAの信用金庫に対する借金返済等のAの死亡による経済的損失の填補するための費用等を控除すべきであるとして、原審よりも減額され、Yらの控訴が一部認容された事例。
参照法条 労働基準法89条1項3号の2
商法674条1項
体系項目 労働契約(民事) / 労働契約上の権利義務 / 団体生命保険
裁判年月日 1998年12月14日
裁判所名 広島高
裁判形式 判決
事件番号 平成9年 (ネ) 137 
裁判結果 原判決変更、一部認容、一部棄却(確定)
出典 労働判例758号50頁
審級関係 一審/06916/山口地宇部支/平 9. 2.25/平成7年(ワ)158号
評釈論文 品田充儀・労働判例百選<第7版>〔別冊ジュリスト165〕104~105頁
判決理由 〔労働契約-労働契約上の権利義務-団体生命保険〕
 本件付保規定の文言からすれば、保険契約者である控訴人は少なくともAが死亡するまでの間に死亡退職金規程等を整備しておくべきであったというべきであるが、A死亡当時において控訴人の会社内で死亡退職金規程等が作成されていなかったことは前記のとおりであり、「全部またはその相当部分」という本件付保規定の文言のみでは、遺族に支給されるべき金額を具体的に確定することはできない。
 したがって、本件付保規定の趣旨目的、支払を受けた保険金額、本件各契約の保険料及び保険金についての税務上の処理、本件各契約が締結された経緯、控訴人が支払った保険料、Aの死亡当時の収入その他諸般の事情を考慮し、社会通念上相当と認められる額を決定するほかないと解される。
 (二) 本件各契約は、他人を被保険者としその死亡を保険事故とする他人の生命の保険であるから、被保険者の同意がなければ効力を生じない(商法六七四条一項)。このように被保険者の同意が保険契約の効力要件とされるのは、保険が賭博的に悪用されたり、他人の死亡を期待し積極的又は消極的に保険事故を招来したりするおそれを防止するためである。このような商法六七四条一項の立法趣旨と前記認定の本件付保規定が徴されるに至った経緯を併せると、従業員の死亡によって使用者が大きな利得を得る結果となることは、商法六七四条一項及び本件付保規定の趣旨を没却することになり、許されないと考えられる。〔中略〕
〔労働契約-労働契約上の権利義務-団体生命保険〕
 もっとも、従業員の死亡それ自体によって使用者に経済的損失が生じることはありうるから(代替雇用者の採用・育成費用等)、このような経済的損失を填補するためであれば、使用者が保険金の一部を取得することにも合理性があると考えられ、右の限度で使用者の利益を考慮する限りにおいては、前記(二)の弊害も生じないと考えられる。
 また、Aの意思についてみても、〔1〕Aは、本件各契約締結当時は、未だ認知されてはいなかったものの、控訴人の代表者であるBの実子であって、かなりの期間Bの仕事を手伝うなどしていたこと、〔2〕本件各契約の死亡保険金は五〇〇〇万円ないし八〇〇〇万円とかなり高額であり、その保険料は控訴人が支払うことが予定されていたこと、〔3〕本件各契約当時、控訴人においては死亡退職金規程等が作成されておらず、また、従業員に退職金を支給する慣行が存在したことを認めるに足りる証拠もないこと等を併せると、本件付保規定の「この生命保険契約に基づき支払われる保険金の全部またはその相当部分は、死亡退職金または弔慰金の支払いに充当するものとする」との文言のみから、Aにおいて保険金全額をAの遺族が取得しうると期待していた事実まで推認することはできず、その一部を控訴人が取得することはAにおいても容認していたと推認するのが相当である。〔中略〕
〔労働契約-労働契約上の権利義務-団体生命保険〕
 前記(二)(三)の観点からするならば、本件において被控訴人らに支給される額が死亡退職金ないし弔慰金として一般の死亡退職金ないし弔慰金の水準を超える高額のものとなったとしても、やむを得ないというべきであるが、他方、本件各契約締結に際し、本件各契約にかかる保険金の一部を控訴人が取得することについてはAも了解していたと推認できることは前記(四)のとおりであり、また、控訴人が前記(五)の金員を支出している点も、控訴人が被控訴人らに支払う金額を定めるについて斟酌すべきと考えられる。
 これらの事情と前記認定のAの控訴人における勤務状況及び収入を総合すれば、本件において控訴人が被控訴人らに引き渡すべき金員は、控訴人が取得した死亡保険金八〇〇〇万円の半額である四〇〇〇万円が相当というべきであり、これを被控訴人らの相続分に応じて按分すると、被控訴人Xが二〇〇〇万円、その余の被控訴人らが各五〇〇万円となる。