全 情 報

ID番号 07529
事件名 損害賠償請求上告事件
いわゆる事件名 電通事件
争点
事案概要  広告代理店Yで、従業員が長時間にわたる残業を行うことが恒常的に見られ、三六協定上の上限時間等を超える残業時間の申告も多く、また従業員が過少申告することも常態化しYもこのような状況を認識していたなかで、ラジオ推進部での営業局関係の業務に配属され、業務に意欲的に取り組み上司の評価も良好であった労働者A(その性格は明朗快活、責任感が強く完璧主義の傾向があった)が、入社後約四か月経過した頃から深夜に帰宅することが多くなり、更に社内で徹夜して帰宅しない日もあるようになり、班から独立して業務遂行をするようになった頃(入社一年三か月後)には出勤したまま帰宅しない日が更に多くなり、帰宅しても翌日の午前六時三〇分ないし七時ごろで、午前八時ごろまでに再び自宅を出るという状況となっていたため、同居の両親によっても栄養価の高い朝食の用意、最寄り駅までの自家用車での見送り等がなされていたが、Aは心身の疲労困ぱいした状態になって、業務遂行中、元気がなく暗い感じで顔色が悪く目の焦点も定まっていないことがあるようになり、この頃からうつ病に罹患していたと考えられ、班長であるCもAの健康状態が悪いのではないかと気付いたところ、Aは取引先企業との行事の終了日の翌日、自宅で自殺をしたことから、Aの両親Xらが、Yに対して、損害賠償を請求したケースの上告審(X及びYの上告)で、(1)一審及び原審と同様に、著しい長時間労働とうつ病の発症及び当該うつ病と自殺との間には相当因果関係があり自殺につきYの責任を肯定しながらも、(2)うつ病罹患及び自殺については、Aの性格など心因的要因も関係しており、Aと同居しながらAの自殺を防止するための具体的措置をとらなかったXらにも落ち度があったとして三割の過失相殺を行い賠償額を減額した原審の過失相殺の判断部分については違法としてXらの敗訴部分が取り消され、その部分につき原審に差戻された事例。
参照法条 民法709条
民法715条
民法415条
民法722条2項
民法418条
体系項目 労働契約(民事) / 労働契約上の権利義務 / 安全配慮(保護)義務・使用者の責任
裁判年月日 2000年3月24日
裁判所名 最高二小
裁判形式 判決
事件番号 平成10年 (オ) 217 
平成10年 (オ) 218 
裁判結果 一部棄却、一部破棄差戻(差戻)
出典 民集54巻3号1155頁/時報1707号87頁/タイムズ1028号80頁/裁判所時報1264号7頁/労働判例779号13頁/労経速報1725号10頁
審級関係 控訴審/06981/東京高/平 9. 9.26/平成8年(ネ)1647号
評釈論文 下村正明・判例セレクト’00〔月刊法学教室246別冊付録〕25頁2001年3月/笠井修・NBL720号78~83頁2001年9月1日/樫見由美子・平成12年度重要判例解説〔ジュリスト臨時増刊1202〕71~73頁2001年6月/高橋眞・判例評論502〔判例時報1725〕224~230頁2000年12月1日/根本到・法律時報73巻4号88~91頁2001年4月/三柴丈典・労働法律旬報1492号34~49頁2000年11月25日/小畑史子・労働基準52巻9号24~28頁2000年9月/瀬川信久・判例タイムズ1
判決理由 〔労働契約-労働契約上の権利義務-安全配慮(保護)義務・使用者の責任〕
 労働者が労働日に長時間にわたり業務に従事する状況が継続するなどして、疲労や心理的負荷等が過度に蓄積すると、労働者の心身の健康を損なう危険のあることは、周知のところである。労働基準法は、労働時間に関する制限を定め、労働安全衛生法六五条の三は、作業の内容等を特に限定することなく、同法所定の事業者は労働者の健康に配慮して労働者の従事する作業を適切に管理するように努めるべき旨を定めているが、それは、右のような危険が発生するのを防止することをも目的とするものと解される。これらのことからすれば、使用者は、その雇用する労働者に従事させる業務を定めてこれを管理するに際し、業務の遂行に伴う疲労や心理的負荷等が過度に蓄積して労働者の心身の健康を損なうことがないよう注意する義務を負うと解するのが相当であり、使用者に代わって労働者に対し業務上の指揮監督を行う権限を有する者は、使用者の右注意義務の内容に従って、その権限を行使すべきである。〔中略〕
〔労働契約-労働契約上の権利義務-安全配慮(保護)義務・使用者の責任〕
 原審は、右経過に加えて、うつ病の発症等に関する前記の知見を考慮し、Aの業務の遂行とそのうつ病り患による自殺との間には相当因果関係があるとした上、Aの上司であるB及びCには、Aが恒常的に著しく長時間にわたり業務に従事していること及びその健康状態が悪化していることを認識しながら、その負担を軽減させるための措置を採らなかったことにつき過失があるとして、一審被告の民法七一五条に基づく損害賠償責任を肯定したものであって、その判断は正当として是認することができる。論旨は採用することができない。〔中略〕
〔労働契約-労働契約上の権利義務-安全配慮(保護)義務・使用者の責任〕
 身体に対する加害行為を原因とする被害者の損害賠償請求において、裁判所は、加害者の賠償すべき額を決定するに当たり、損害を公平に分担させるという損害賠償法の理念に照らし、民法七二二条二項の過失相殺の規定を類推適用して、損害の発生又は拡大に寄与した被害者の性格等の心因的要因を一定の限度でしんしゃくすることができる(最高裁昭和五九年(オ)第三三号同六三年四月二一日第一小法廷判決・民集四二巻四号二四三頁参照)。この趣旨は、労働者の業務の負担が過重であることを原因とする損害賠償請求においても、基本的に同様に解すべきものである。しかしながら、企業等に雇用される労働者の性格が多様のものであることはいうまでもないところ、ある業務に従事する特定の労働者の性格が同種の業務に従事する労働者の個性の多様さとして通常想定される範囲を外れるものでない限り、その性格及びこれに基づく業務遂行の態様等が業務の過重負担に起因して当該労働者に生じた損害の発生又は拡大に寄与したとしても、そのような事態は使用者として予想すべきものということができる。しかも、使用者又はこれに代わって労働者に対し業務上の指揮監督を行う者は、各労働者がその従事すべき業務に適するか否かを判断して、その配置先、遂行すべき業務の内容等を定めるのであり、その際に、各労働者の性格をも考慮することができるのである。したがって、労働者の性格が前記の範囲を外れるものでない場合には、裁判所は、業務の負担が過重であることを原因とする損害賠償請求において使用者の賠償すべき額を決定するに当たり、その性格及びこれに基づく業務遂行の態様等を、心因的要因としてしんしゃくすることはできないというべきである。
 これを本件について見ると、Aの性格は、一般の社会人の中にしばしば見られるものの一つであって、Aの上司であるBらは、Aの従事する業務との関係で、その性格を積極的に評価していたというのである。そうすると、Aの性格は、同種の業務に従事する労働者の個性の多様さとして通常想定される範囲を外れるものであったと認めることはできないから、一審被告の賠償すべき額を決定するに当たり、Aの前記のような性格及びこれに基づく業務遂行の態様等をしんしゃくすることはできないというべきである。この点に関する原審の前記判断には、法令の解釈適用を誤った違法がある。〔中略〕
〔労働契約-労働契約上の権利義務-安全配慮(保護)義務・使用者の責任〕
 Aの前記損害は、業務の負担が過重であったために生じたものであるところ、Aは、大学を卒業して一審被告の従業員となり、独立の社会人として自らの意思と判断に基づき一審被告の業務に従事していたのである。一審原告らが両親としてAと同居していたとはいえ、Aの勤務状況を改善する措置を採り得る立場にあったとは、容易にいうことはできない。その他、前記の事実関係の下では、原審の右判断には、法令の解釈適用を誤った違法があるというべきである。