全 情 報

ID番号 07530
事件名 未払賃金請求事件
いわゆる事件名 徳島南海タクシー(未払賃金)事件
争点
事案概要  タクシー会社の乗務員でYの三つの組合のうちA組合の組合員であるXら一六名が、(1)昭和六一年の労働協約により固定給と歩合給加算とが定められ、右固定給の中に時間外・深夜割当手当として定額の超勤深夜手当が含まれるとされていたが、実際には責任水揚額に達しないときには、固定給は支給されないこととされていたところ、その後、(2)累積赤字を抱えて経理状況が悪化し、平成八年に歩合給制、右歩合給に一定の率を乗じて算出する時間外、深夜労働手当、週四四時間労働等を内容とする労働協約をA以外の組合と締結されたが、Aとは合意に至らないまま、就業規則が変更され、その四か月後にも、右二組合と、歩合給及び時間外、深夜労働手当算出のための乗率の変更、週四〇時間労働を内容とする協約を締結し、再び就業規則を変更されたもののAには通知されなかったことから、(1)については、実質的には累進歩合制であって超過深夜勤務手当が支払われていないとし、また(2)については、就業規則の変更の効力はXらには及ばないとして、未払賃金及びそれと同額の付加金の支払を請求したケースで、(1)については、右賃金体系は累進歩合制とみるのが相当であり、また右協定締結当時、労使間において超過深夜手当が支給される旨の実質的な合意があったとは認め難く、通常の労働時間の賃金に当たる部分と時間外及び深夜の割増賃金に当たる部分とが判別できるものでもないとして、労働基準法三七条に基つく時間外等手当が支給されていたとは認め難いとし、(2)については、労働基準法改正に伴う時短やYの経営状態などからして、変更の一応の必要性は認められるが、合意に至った二組合との交渉が、最も多くの組合員数を有するAの組合員に変更後の規則の効力を及ぼすことを正当化できるほどの実質を有していたとはいえず、Aとの交渉も適切でなく、また労働者の賃金の減少額等を考慮すれば平成八年六月の就業規則の効力をAの組合員に及ぼすことは相当でないとし、また一〇月の規則変更の効力をXらに及ぼすのは相当でないとして、消滅時効にかかる部分を除く未払賃金及び付加金の支払請求が一部認容された事例。
参照法条 労働基準法37条
労働基準法89条1項2号
労働基準法93条
体系項目 賃金(民事) / 割増賃金 / 支払い義務
就業規則(民事) / 就業規則の一方的不利益変更 / 賃金・賞与
裁判年月日 2000年3月24日
裁判所名 徳島地
裁判形式 判決
事件番号 平成9年 (ワ) 504 
平成10年 (ワ) 163 
裁判結果 一部認容、一部棄却(控訴)
出典 労働判例784号30頁
審級関係
評釈論文
判決理由 〔賃金-割増賃金-支払い義務〕
 被告が主張するように、超勤深夜手当を定額として支払うことには、勤務状況を正確に把握することの困難さや煩雑さに照らし、合理性がないではなく、右のような支払方法につき合意があった場合においては、その過不足分を支払えば足りると解する余地もある。
 しかしながら、右のような支払方法が労働基準法三七条にかんがみ、有効といえるためには、そのような支払方法についての実質的な合意があったことはもちろんのこと、通常の労働時間の賃金にあたる部分と時間外及び深夜の割増賃金にあたる部分とが判別できることが必要になると解される。さもなくば、同条に従った時間外手当等の支払いがなされているか否かの確認は不可能で、同条の趣旨を潜脱するおそれがあるからである。
 そこで、本件をみてみるに、本件協定書に、先立つ昭和五六年の労使協定に基づく賃金体系においても、超勤深夜手当等の固定給という記載が見受けられるものの、これは、当時、労働基準監督署において、累進歩合制でない賃金制度を作るようにとの指導を受けたことから作成されたものであって、責任水揚額に達しないときには固定給は支給されないとされ(〈証拠略〉)、昭和五八年に入社した原告Xは、給料体系について固定給制度であるとの説明を受けたことはなく(〈証拠略〉)、超勤深夜手当の具体的根拠も必ずしも明確でないことからすると、右協定締結当時、労使間において、超勤深夜手当が支給される旨の実質的合意があったとは認め難く、本件協定書締結に先だって、昭和六〇年一二月二一日、被告会社とB労働組合との間で、本件協定書と同旨の議事録が作成されており、協議がなされたことはうかがえるのであるが、本件協定書の賃金体系は、昭和五六年の労使協定に基づくものと、支給額の点を除いては、基本的に異なるものではなく、超勤深夜手当を支給することについて、新たに合意がなされたと認めるに足りる証拠はない。さらに、既に述べたように、原告らに配布された給料明細書においても、基本給など固定給の記載がないものも見受けられることからすると、通常の労働時間の賃金にあたる部分と時間外及び深夜の割増賃金にあたる部分とが判別できるものでもない。
 そうすると、被告の右主張は、その前提となる、労使間の実質的合意の存在や、右のような判別可能性を欠くといわざるをえず、採用できない。
 4 以上の次第で、原告らに対し、労働基準法三七条に基づく時間外等手当が支給されていたとは認められない。
〔就業規則-就業規則の一方的不利益変更-賃金・賞与〕
 被告主張の別紙五をみると、変更前の賃金に、後述のような超勤深夜手当が支給されるとなると、変更後、労働者の賃金が減額となるのであって、また、被告会社が就業規則を変更する理由のひとつとして、経営状況が悪化していることを挙げていることからしても、右規則の変更が労働者にとって不利益なものであるといわざるをえない。
 2 ところで、就業規則を一方的に労働者にとって不利益な内容に変更することは、原則として許されるものではないが、就業規則の統一性や画一性といった性質にかんがみると、全く許されないものではなく、当該規則条項が合理性を有するものであるかぎり、これに同意しない労働者に対しても、その効力を及ぼすことができる。そして、右の合理性の有無の判断は、規則の変更によって労働者が被る不利益の程度、変更の必要性の内容、程度、これに代替する他の労働条件の有無といった内容的側面のみならず、変更に反対する者の手続保障の充足、すなわち、変更に賛成する労働組合との交渉がこれに反対する労働者に変更後の規則の効力を及ぼすことを正当化しうるような内容、実質を有するものであったのかどうか、また、反対している労働組合とも合意に向けた誠実な交渉がなされたのかどうか、といった事情をも総合考慮して、判断するのが相当である。
〔就業規則-就業規則の一方的不利益変更-賃金・賞与〕
 被告会社と、最も多くの組合員を抱えるA労組との交渉状況について、Dは、「高松高裁の判決後でなければ話し合いはできないと反対された。」旨述べるのであるが(〈証拠略〉)、当時、第一次地裁判決においては全国一般労組の主張を認める内容の判決が言い渡されていたことからすると、Dの右供述は不自然といわざるをえず、むしろ、一〇月の規則変更については変更したことすら通知していないことをも考慮すると、交渉回数は重ねていたものの、被告会社において、同組合と合意に向けて誠実に交渉しようと姿勢(ママ)があったのか疑問を抱かざるを得ないのである。
 以上のような事情にかんがみると、被告会社とB労働組合及びC労働組合との就業規則変更に関する交渉が、これに反対する、最も多くの組合員数を有するA労組の組合員に変更後の規則の効力を及ぼすことを正当化しうるほどの実質を有していたとまでは認められず、また、A労組との交渉も適切なものであったとまでは認められないのであり、このほか、労働者にとって重要な労働条件である賃金の変更に伴う減少額をも考慮すると、平成八年六月に変更された就業規則の効力を、A労組の組合員に及ぼすことは相当でないといわざるをえない。