全 情 報

ID番号 07540
事件名 戒告処分無効確認等請求事件
いわゆる事件名 三和銀行事件
争点
事案概要  全国銀行従業員組合及び組合の青婦人部系統のグループに属し、組合内少数派として金融労働研究会を結成して労働条件向上の運動を行ってきた都市銀行Yの従業員Xら一九名が、「トップ銀行のわれら闇犯罪を照らす、告発する銀行マン一九人と家族たち」と題する書物に、賃金・男女差別、サービス残業の日常化、不当な配転などのYにおける経営姿勢や労働実態について手記を掲載し、都市銀行勤務者対象の雑誌を刊行する出版社から、右出版物が出版されるに至ったところ、Yから右出版物は、Yを誹謗・中傷するものであり、その中には虚偽もしくは事実を著しく歪曲した表現が含まれるとし、Yの名誉信用を毀損したとして就業規則に基づいて戒告処分がなされたことから、(1)右戒告処分の無効確認とともに(2)不法行為に基づく慰謝料を請求したケースで、本件出版物の出版自体は就業規則の規定に形式的には該当するが、右出版物の記載の大部分はXらの体験した事実に基づいており、批判行為として正当なものであること、問題となる部分はわずかであり、Xらの寄稿、出版協力の目的は従業員の労働条件の改善を目指したものであること等から、本件戒告処分は処分の相当性を欠き、懲戒権の濫用であるとして無効としたが、慰謝料請求については、本件戒告処分は具体的な不利益をもたらさないものとして請求が棄却された事例。
参照法条 労働基準法89条1項9号
民法709条
体系項目 懲戒・懲戒解雇 / 懲戒事由 / 会社中傷・名誉毀損
懲戒・懲戒解雇 / 懲戒事由 / 信用失墜
懲戒・懲戒解雇 / 懲戒手続
労働契約(民事) / 労働契約上の権利義務 / 使用者に対する労災以外の損害賠償
懲戒・懲戒解雇 / 懲戒権の濫用
裁判年月日 2000年4月17日
裁判所名 大阪地
裁判形式 判決
事件番号 平成5年 (ワ) 6222 
裁判結果 一部認容、一部棄却(控訴)
出典 労働判例790号44頁/労経速報1761号3頁
審級関係
評釈論文 城塚健之・季刊労働者の権利235号78~82頁2000年7月/城塚健之・労働法律旬報1485号14~17頁2000年8月10日
判決理由 〔懲戒・懲戒解雇-懲戒事由-会社中傷・名誉毀損〕
〔懲戒・懲戒解雇-懲戒事由-信用失墜〕
 (一) 原告らは、就業規則の懲戒規定の解釈について、限定・厳格な解釈が要求されると主張する。懲戒処分が労働者に不利益を課するものであることからすれば、これを無限定に拡大して解釈することは許されないが、懲戒規定が企業秩序を維持するために設けられるもので、必ずしも明文の規定を必要としないことに鑑みれば、懲戒規定故当然に限定・厳格解釈が要求されるとまではいえず、個別的な就業規則において、社会通念に従い、合理的に解釈すればよいというべきである。
 就業規則第五四条第三号は、「故意又は重過失」を要件としているから、右規定が軽過失を含まないことはいうまでもないことであり、また、その「銀行の信用を失墜し、または損害をおよぼしたとき」という部分は、「損害をおよぼしたとき」については結果の発生を要件としていると解釈すべきであるが、「信用の失墜」とは信用毀損を意味し、これについては、その行為の性質上、被告の社会的評価を害するおそれのある行為をすれば足りるというべきである。
 就業規則第五四条第八号の「名誉または信用を傷つけたとき、あるいはこれにより職場の秩序を乱したとき」とある部分の名誉又は信用の毀損についても、行為の性質上、人や会社の社会的評価を害するおそれのある行為をすれば足りるというべきである。
 本件においては、本件出版物により、被告に明確な損害が発生したと認められる証拠はないから、専ら「名誉、信用」を害するおそれがあったかどうかが問題となる。
 (二) 本件出版物は、後述のように、被告において労働基準法違反等の各事実が存し、かかる被告の経営方針に反対する原告らに対し、被告が長年賃金差別・昇格差別等を行い、原告らを不当に虐げてきたという内容の図書であり、かかる図書を出版することは、少なくとも形式的には就業規則第五四条第四号、第八号に該当するといえる。しかし、前述のとおり、懲戒規定が企業の秩序維持のため設けられるものであることに鑑みれば、形式的には懲戒事由に該当するとしても、主として労働条件の改善等を目的とする出版物については、当該記載が真実である場合、真実と信じる相当の理由がある場合、あるいは労働者の使用者に対する批判行為として正当な行為と評価されるものについてまで、これを懲戒の対象とするのは相当でなく、かかる事由が認められる場合には、これを懲戒処分の対象とすることは懲戒権の濫用となるものである。〔中略〕
〔懲戒・懲戒解雇-懲戒事由-会社中傷・名誉毀損〕
〔懲戒・懲戒解雇-懲戒事由-信用失墜〕
〔懲戒・懲戒解雇-懲戒権の濫用〕
 このようにみてくると、問題となる記載はごく僅かといわなければならなくなる。本件出版物の記載の中の大部分の記載については、原告らが自ら体験した事実をもとに記載されており、右事実について、被告の経営方針等に反対する活動を長年行ってきた原告らなりの評価を記載したものである。むろん、事実と認められる部分についても、それが原告らの独特の評価と結びつき、原告らの主張する差別や嫌がらせ、被告の諸制度の不当性を裏付ける記載となっているのであるが、前述のように、差別や不当配転を記載した部分については、原告らがその存在を信じる相当の理由があったといわなければならないし、被告の経営姿勢や諸制度を批判すること自体は、労働者の批判行為として正当なものであり、その表現には、別紙二の二九の「魑魅魍魎」の世界、同三四番「社畜」、同五七番の「人間の仮面をつけた鬼」といった不当な部分があることを併せ考慮しても、問題とすべき部分は僅かである(被告が問題とする二一七項目中一割程度である。)。そうであれば、本件戒告処分が懲戒としてもっとも軽いものであるとしても、懲戒事由とされた部分の大半が事実を記載し、又はかかる記載をすることに相当の理由があること、加えて、被告においてはユニオンショップ制がとられていることから、原告らは組合内の少数派として活動するよりほかないものであること、原告らの寄稿・出版協力の目的が主として原告らを含む従業員の労働条件の改善を目指したものであることを総合考慮すれば、本件戒告処分は、処分の相当性を欠き、懲戒権を濫用したもので、無効であるといわなければならない。
 4(ママ) 以上(ママ)よれば、その余の点を判断するまでもなく、原告らの本件出版物へ寄稿、出版を理由とする本件懲戒処分は、無効である。
〔懲戒・懲戒解雇-懲戒手続〕
〔労働契約-労働契約上の権利義務-使用者に対する労災以外の損害賠償〕
 本件出版物の出版にあたって、被告は、事実関係を調査し、原告らからの聞き取りもおこなったうえで懲戒処分をおこなったことが認められる。本件戒告処分は、前述のとおり、懲戒権の濫用というべきであるが、処分事由となった事実にはこれを肯定できる事実も多くあり、その表現についても穏当でないものや、扇情的なものも多く存在したのであって、処分手続きについては、違法というべき点はない。そして、本件戒告処分は懲戒処分の中でも最も軽微なもので、具体的な不利益をもたらさないものであり、処分が無効となることで精神的損害は回復可能であり、それ以上に金銭の支払いをもってこれを慰謝しなければならないものとは認められない。