全 情 報

ID番号 07584
事件名 賃金請求控訴事件
いわゆる事件名 中根製作所事件
争点
事案概要  ミシン部品製造会社Yの元従業員Xら一五名が、(1)Yの主力商品の受注の減少傾向により約三か月間営業利益が赤字となったことから人件費の見直しとして、五三歳以上の従業員の月額基本給の大幅減額案が組合に提示され、団体交渉を経て、組合執行部によって、過去一〇年間の取扱いと同様に、各職場での職場会における意見聴取後、代議員会において、従業員の基本給は五三歳到達時に最高で二一・七パーセント、五八歳到達以降は二三パーセント減額される旨の労働協約が締結され、その半年後にも、(2)経営不振を理由に、全従業員を対象とする給与減額が提案され、組合が協約締結を拒否したにもかかわらず、その二か月経過時から減額措置が実施され、過半数の従業員に適用されたことから、(1)労働協約による給与減額は、労働協約の締結は組合大会の付議事項とする旨の規約に違反し、また内容も合理性を欠き無効、(2)全従業員への給与減額措置につき、従業員の同意を得ていないことから無効であるとして賃金差額等を請求したケースの控訴審で、一審の結論と同様に、(1)については、労働協約締結は、組合大会の付議事項とされているが、本件労働協約締結に当たって組合大会で決議されたことはないから、本件労働協約は労働組合の協約締結権限に瑕疵があり、その締結手続に瑕疵があるので無効であり、それに基づく給与減額も効力を認めることができないとし、(2)についても、Yの経営状態は危機的状況にあったものとは認めらないこと等から、本件給与減額措置の合理性及び必要性は認め難く、労働者の同意なしに実施し得るものとはいえず、Xらの同意がない本件減額措置は無効として、Yの控訴が棄却された事例
参照法条 労働基準法11条
労働基準法2章
労働組合法16条
民法709条
体系項目 賃金(民事) / 賃金請求権と考課査定・昇給昇格・降格・賃金の減額
労働契約(民事) / 労働契約上の権利義務 / 使用者に対する労災以外の損害賠償
裁判年月日 2000年7月26日
裁判所名 東京高
裁判形式 判決
事件番号 平成11年 (ネ) 4601 
裁判結果 一部変更(上告)
出典 労働判例789号6頁
審級関係 上告審/最高三小/平12.11.28/平成12年(オ)1583号
評釈論文 大内伸哉・ジュリスト1216号138~141頁2002年2月1日/毛塚勝利・労働判例801号5~12頁2001年6月1日/矢野昌浩・平成12年度重要判例解説〔ジュリスト臨時増刊1202〕231~233頁2001年6月
判決理由 〔賃金-賃金請求権と考課査定・昇給昇格・賃金の減額〕
 本件労働協約は、五三歳以上の労働者のみを対象として、その基本給を減額するもので、その減額の程度は五三歳の労働者であれば五三歳時の基本給を基準として最高二一・七パーセント、五八歳の労働者であれば直ちに二三パーセントに及ぶものであり、しかも、その実施を四月一日に遡らせて基本給を減額することを含むものであって、対象とされた労働者に対する不利益が極めて大きい(ちなみに、五三歳以上の労働者数は全体の三五パーセントに及ぶ。)のであって、前記の経緯があるからといって、労働条件の不利益変更を内容とする本件労働協約締結につき、組合大会の付議事項としない扱いを肯定することはできないというべきである。
 (2) そして、本件労働協約締結後に開催された組合大会において、報告事項として承認されたとしても(〈証拠略〉)、そのことをもって協約締結に必要な決議があったとみることもできない(なお、手続が違うので、報告事項としての承認をもって、追認があったものと評価することもできないというべきである。〔中略〕
〔賃金-賃金請求権と考課査定・昇給昇格・賃金の減額〕
 労働組合は、控訴人と労働協約等を締結するに当たって、職場集会による組合員の意見の聴取と代議員会における決議を経て協約等を締結した経緯があったことは前認定のとおりであるが、控訴人においては、労働組合が結成されて以降、労働組合との団体交渉等を重ね、種々の合意を形成してきた経緯からすると、労働組合の規約において労働協約の締結が組合大会の決議事項である規定されていることは認識していたものと推認することができる上、今まで締結された協約等は、従業員の一部であれ賃金の切り下げという労働者の基本的な労働条件を不利益に変更するものではないのであるから、控訴人において、本件労働協約のような基本的な労働条件を不利益に変更する場合についてまで代議員会による決議で足り、組合大会による決議は要しないとの信頼があったとはいえず、仮にそのように信頼したとしても、本件労働協約の内容に照らし、そのような信頼を保護すべき場合であるともいえない。そうであれば、控訴人の労働組合法六条、民法五四条の趣旨を適用すべきであるとの主張は理由がない。〔中略〕
〔賃金-賃金請求権と考課査定・昇給昇格・賃金の減額〕
 また、本件労働協約は、五三歳に達した労働者に対しその時点での基本給の二一・七パーセントの、また五八歳以上の労働者に対しては二三パーセントの減額を行うことを内容とするものであるところ、右減額の程度は当該労働者にとって決して少い(ママ)ものではないにもかかわらず、調整としては、その改訂基本給のプラス調整(昇給)を行うことがあることを定めているのみである上、五八歳以上の労働者についてはその対象外とされているのであって、調整規定として不十分であるといわざるを得ないし、更に、四月一日に遡って実施することについては、その根拠に乏しく、合理性を欠くといわざるを得ない。
 4 以上のとおりであるから、本件労働協約は、その締結手続に瑕疵があるので、無効であるといわざるを得ず、したがって、右協約に基づく給与の減額は、その効力を認めることはできない。なお、労働条件の不利益を伴う労働協約であるにもかかわらず、その必要性及び合理性があるものとも認められないというべきである。
〔労働契約-労働契約上の権利義務-使用者に対する労災以外の損害賠償〕
 被控訴人Aを除く被控訴人らは、無効な本件労働協約及び本件給与減額措置により、本来支給されるべき雇用保険金を得られず、既に支給された金額との差額と同額の損害を被ったものである。