全 情 報

ID番号 07589
事件名 賃金等請求事件
いわゆる事件名 住友電気工業事件
争点
事案概要  電線等の製造販売を業とする会社Yの女子社員Xらが、Yでは事務職(一般職)で採用された男女間で、男子は勤続年数に応じて職分が昇進しているにもかかわらず、女子の場合は職分昇進が著しく遅く、勤続年数との相関関係も認められないこと、高卒女性を全社採用の対象から外し、専門職への職種転換の対象からも排除する労務管理が行われていたことから、同時期入社の同学歴の男性社員との間で昇給、昇格等に関し、不利益な処遇、違法な男女差別を受けたとして、Yに対し、(1)不法行為又は債務不履行に基づく同時期入社の同学歴男性社員との賃金格差相当額の損害賠償の支払を請求し、(2)予備的には仮にこのような男女別処遇が違法なものとまではいえないとしても、社会意識の変化等によりその後は違法となったのに、男女格差を放置したことは是正義務違反の不法行為又は債務不履行に当たるとして、是正義務発生後の賃金格差相当額の損害賠償の支払、また(3)会社を相手取って行った男女差別紛争に関する調停申請に対し、大阪婦人少年室長が調停不開始の決定をしたことに関し、裁量権の濫用に当たるとして、国に対し、慰謝料の支払を請求したケースで、(1)については、Yの賃金制度から、初任給が同額の同期入社の社員であったとしても、採用時の区分、その後の変動により職種、職分、職級が異なることになれば賃金格差は生じるとし、高卒男性と高卒女性事務職は社員としての位置づけが異なっていること等から、著しい賃金格差があるとしても男女差別の労務管理の結果ということはできず、採用、職種転換等における男女別労務管理についても、昭和四〇年代の時点でみると、公序良俗に違反するとまではいえないとして、請求が棄却され、(2)については、是正義務は男女別の採用方法が公序良俗に違反する違法となった時点で、男女別採用を改めることで、過去に溯る必要はないこと等から請求が棄却され、(3)については、調停不開始決定は違法であるとはいえないとして、請求が棄却された事例。
参照法条 労働基準法4条
民法90条
男女雇用機会均等法7条
体系項目 労基法の基本原則(民事) / 均等待遇 / 男女別コ-ス制・配置・昇格等差別
裁判年月日 2000年7月31日
裁判所名 大阪地
裁判形式 判決
事件番号 平成7年 (ワ) 8009 
裁判結果 棄却(控訴)
出典 労働判例792号48頁
審級関係
評釈論文 君塚正臣・平成12年度重要判例解説〔ジュリスト臨時増刊1202〕209~211頁2001年6月/山川隆一・平成14年度主要民事判例解説〔判例タイムズ臨時増刊1125〕296~297頁/浅倉むつ子・国際人権12号97~99頁2001年7月/中内哲・法律時報73巻10号108~111頁2001年9月
判決理由 〔労基法の基本原則-均等待遇-男女別コ-ス制・配置・昇格等差別〕
 結局、高卒女子は、女子であることを理由に全社採用の対象から排除されていたのであり、専門職への職種転換の対象からも排除されていたのであって、被告会社は、高卒女子の社員としての位置付けを通じて間接的には男女別の労務管理を行っていたといわなければならない。
 企業は、いかなる労働者をいかなる条件で雇用するかについて広範な採用の自由を有するから、あらかじめ、募集する労働者の社内での位置付けを行い、社員間に区分を設けて、採用の当初からその区分に応じた異なる処遇を行うことは企業が自由に行いうることであるが、かかる採用の自由も、法律上の制限がある場合はもちろんのこと、そうでない場合でも基本的人権の諸原理や公共の福祉、公序良俗による制約を受けることは当然であり、不合理な採用区分の設定は違法になることもあるというべきである。
 被告会社が、一方で幹部候補要員である全社採用から高卒女子を閉め出し、他方で事業所採用の事務職を定型的補助的業務に従事する職種と位置付け、この職種をもっぱら高卒女子を配置する職種と位置付けたこと、その理由も結局は、高卒女子一般の非効率、非能率ということによるものであるから、これは男女差別以外のなにものでもなく、性別による差別を禁じた憲法14条の趣旨に反する。
 しかしながら、憲法14条は私人間に直接適用されるものではなく、労働基準法も男女同一賃金の原則(4条)は規定しているものの、採用における男女間の差別禁止規定は有していない。いうまでもなく、憲法14条の趣旨は民法1条1項の公共の福祉や同法90条の公序良俗の判断を通じて私人間でも尊重されるべきであって、雇用の分野においても不合理な男女差別が禁止されるという法理は既に確立しているというべきであるが、他方では、企業にも憲法の経済活動の自由(憲法22条)や財産権保障(憲法29条)に根拠付けられる採用の自由が認められているのであるから、不合理な差別に該当するか否かの判断に当たって、これらの諸権利間の調和が図られなければならない。
 このような観点から検討すると、昭和40年代ころは、未だ、男子は経済的に家庭を支え、女子は結婚して家庭に入り、家事育児に専念するという役割分担意識が強かったこと、女子が企業に雇用されて労働に従事する場合でも、働くのは結婚又は出産までと考えて短期間で退職する傾向にあったこと、このような役割分担意識や女子の勤務年数の短さなどから、わが国の企業の多くにおいては、男子に対しては定年までの長期雇用を前提に、雇用後、企業内での訓練などを通じて能力を向上させ、労働生産性を高めようとするが、短期間で退職する可能性の高い女子に対しては、コストをかけて訓練の機会を与えることをせず、定型的補助的な単純労働に従事する要員としてのみ雇用することが少なくなかったこと、女子に深夜労働などの制限があることや出産に伴う休業の可能性があることなども、女子を単純労働の要員としてのみ雇用する一要因ともなっていたことなどが考慮されなければならない。
 右に述べた諸事情は公知の事実というべきであって、現に、昭和40年から昭和52年までに採用された高卒女子事務職の在職率は、前記のとおり、わずか約2.7パーセントに過ぎない。
 採用における男女差別が、実定法上初めて禁止されたのは平成9年に均等法を改正した「雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保に関する法律」5条によってであり、均等法7条ではこの点は事業主の努力義務にとどめられていたことも、右のような社会意識の存在を配慮したものと考えられる。
 右のような男女の役割分担意識は現在では克服されつつあり、もはや一般化できなくなってきており、また、女子の労働に対する考え方も多様化して女子の勤務年数も次第に長期化してきているから、現時点では、被告会社が採用していたような女子事務職の位置付けや男女別の採用方法が受け入れられる余地はないが、原告らが採用された昭和40年代ころの時点でみると、被告会社としては、その当時の社会意識や女子の一般的な勤務年数等を前提にして最も効率のよい労務管理を行わざるをえないのであるから、前記認定のような判断から高卒女子を定型的補助的業務にのみ従事する社員として位置付けたことをもって、公序良俗違反であるとすることはできない。
 そうであれば、女子のみを定型的補助的事務と位置付けることは、今日では許されないものではあるが、原告らを補助的業務の要員として採用し、その後、そのように処遇してきたことには違法な点はないというべきであり、幹部候補要員として扱われないという意味では高卒男子の作業職についても同様であって、前述のように高卒女子事務職と高卒男子作業職との間には不合理な差別は認められず、また、専門職には転換できないとしても管理職になる途はあるわけで、原告ら高卒女子事務職の採用後の処遇についても公序良俗に反するものではないというべきである。
 したがって、被告会社が、原告ら高卒女子を専門職ないし専門職転換が予定された全社採用事務職の募集対象としなかったこと、社内の位置付けでも、定型的補助的業務に従事する社員として専門職への転換の機会を与えなかったことをもって違法とすることはできない。〔中略〕
〔労基法の基本原則-均等待遇-男女別コ-ス制・配置・昇格等差別〕
 まず、原告らは、被告会社の専門職と事務職との区分は採用区分とはいえないし、仮に採用区分であったとしても、同じ事務職でありながら男子のみを専門職にしたことは均等法8条違反であると主張する。
 しかしながら、前記のとおり、昭和41年制度における専門職と事務職とでは、幹部候補要員か否かという被告会社内部における社員としての位置付けを異にしており、そのため、採用条件はもとより、採用後に従事する業務、採用後の処遇を異にしており、被告会社ではこのような職種ごとに社員を募集、採用しているのであるから、まさに、採用区分に相当する。そして、同じ事務職であったとはいえ、男子事務職も専門職同様、被告会社内部では幹部候補要員として位置付けられ、採用方法も事業所採用である女子事務職とは異なり、勤務地の限定のないものとして全社採用の方法で採用され、異なる選考試験に合格するなどしてきているのであるから、このような全社採用の事務職と事業所採用の事務職との違いもまた採用区分に相当するものというべきである。
 したがって、大阪婦人少年室長が、事務職で採用され後に転換した者も含め、原告らが比較対象であると主張した専門職男子と、昭和41年制度の事務職からそのまま移行してきた現行制度の女子一般職との間に採用区分の違いがあるとしたことに判断の誤りはない。
 また、これに関して、原告らは、専門職出身の管理職割合と一般職出身の管理職割合に著しい格差が存することを問題としているが、右のとおり、専門職と一般職とでは採用区分が異なるのであるから、その間で管理職割合に格差があるとしても、これをもって均等法に違反する男女間の昇進差別の問題とすることはできない。