全 情 報

ID番号 07606
事件名 公務外認定処分取消請求控訴事件
いわゆる事件名 地公災基金福井県支部長(県立科学技術高校)事件
争点
事案概要  福井県立科学技術高校Aで衛生看護科の授業を担当し、学級担任及び生徒指導委員長として熱心に公務に取り組み、まじめで几帳面な性格であった女性教諭X(四九歳)が、問題のある生徒に対する個人指導のほか、新たに実習授業のチーフになったこと等の公務の追加に伴い、時間外勤務(本件事件四週間前の時間外勤務合計六九・五時間)を行い、帰宅後に授業準備等を行っていた中、実技テストや避難訓練が実施された翌日の三重県鳥羽市で開催された講習会に参加するための公務出張途中、駅構内でもやもや病(ウイリス動脈輪閉塞症)による脳内血管の破綻により脳内出血・脳室内出血を発症して倒れ、脳障害等の後遺障害を負ったことから、地公災基金福井県支部長Yに対して公務上災害の認定の請求をしたところ、公務外の災害であるとの認定を受けたため、右処分の取消しを請求したケースの控訴審で、Xの公務の労働密度は高く、慢性的に長時間にわたる疲労を蓄積させたまま本件発症時を迎えたこと、Xは健康体で、健康に悪影響を及ぼすような嗜好はなかったこと等を考慮した結果、Xが本件発症前に従事した公務はXのもやもや病をその自然の経過を超えて憎悪させるほど過重な精神的、身体的負荷を伴なうものであったとみるのが相当であって、右公務がXのもやもや病をその自然の経過を超えて増悪させ、発症に至ったと見るのが相当であるとして、公務外認定処分を相当とした原審が取消され、Xの控訴が認容された事例。
参照法条 地方公務員災害補償法31条
体系項目 労災補償・労災保険 / 業務上・外認定 / 職業性の疾病
労災補償・労災保険 / 業務上・外認定 / 脳・心疾患等
裁判年月日 2000年9月18日
裁判所名 名古屋高金沢支
裁判形式 判決
事件番号 平成9年 (行コ) 7 
裁判結果 認容、原判決取消(上告)
出典 労働判例796号62頁
審級関係 一審/福井地/平 9.11.19/平成5年(行ウ)4号
評釈論文
判決理由 〔労災補償・労災保険-業務上・外認定-脳・心疾患等〕
 控訴人の担当授業の時間数(週二二ないし二四時間)について、A高校衛生看護科の他の教諭には、昭和六三年度及び平成元年度に控訴人とほぼ同数あるいはそれを若干上回る時間の授業を担当している者もいるが、同校の他の教科科目担当教諭の平均が週約一七時間であることや一般的な高校教諭の平均担当時間が週約一六.八時間であることからすると、担当授業の時間数は少なくない。〔中略〕
〔労災補償・労災保険-業務上・外認定-職業性の疾病〕
 もやもや病の自然経過に関する知見は乏しく、未だ不明な部分が多く、また出血原因に関する知見も歴史的に変化しており、これを特定することは困難であると思われるが、もやもや病においては血圧上昇がなくても出血している症例が多数報告されており、どのような状況でも起こりうるとされているのであるから、もやもや病の自然経過によりもやもや血管が破綻することがあること自体は否定し得ないと考えられる。しかしながら、他方、ストレス、過労、疲労の蓄積、睡眠不足等やストレスに伴う交感神経系の刺激が脳動脈壁の脆弱化を促進する因子であるとする点は合理的なものとして十分理解することができ、さらに、もやもや血管に筋層がないとしても、血管壁が存在する以上、これに障害を与えるような因子が作用して破綻することが考えられるのであるから、もやもや病の自然経過(もやもや血管の存在自体)以外に破綻の原因がないとまでは考えがたい。
 そうすると、精神的、身体的負荷ももやもや血管破綻の誘因となると考えるのが素直かつ合理的であり、本件においては、結局、控訴人の公務がもやもや病の自然の経過を超えて増悪させるほど過重な精神的、身体的負荷を伴うものであったか否か(控訴人の公務の過重性)の判断を避けられないというべきである。
〔労災補償・労災保険-業務上・外認定-脳・心疾患等〕
 右両年度の控訴人の公務の労働密度は相当高かったこと、控訴人は、この間相当の時間外勤務に従事しており、本件発症の前四週間の時間外勤務の合計時間は六九時間三〇分にのぼること(この時間も前記認定の諸事情からすると密度の高い労働がなされていたものと考えられ、これに反する被控訴人の主張は理由がない。)、右のような勤務の継続が控訴人にとって精神的、身体的にかなりの負荷となり、慢性的な疲労をもたらしたこと、特に昭和六三年度の三学期と平成元年度の六月は諸行事や本件講習会参加の準備を含むさまざまな公務が重なり控訴人にとって負担の重い公務遂行であったこと、とりわけ控訴人の担任学級の問題生徒らに対する指導は控訴人に多くの精神的・身体的負荷をかけたものと考えられること、右のとおり継続的に相当時間の時間外勤務に就いた上、労働密度の高い公務に従事していたにもかかわらず、5月のゴールデンウィークの期間中に若干の休息があったと認められる以外はまとまった休暇を取ることもなく、いわば仕事一筋の生活を続けてきて、慢性的に長期間にわたる疲労を蓄積させたまま本件発症時を迎えることになったこと、本件発症前日には、いずれも立ちっぱなしの状態で実技テストや避難訓練が実施され、これが控訴人の蓄積した疲労に追い討ちをかけ、控訴人が同僚教諭らに対し「疲れた」と言うに至らせていること、そして本件発症当日は、三重県鳥羽市で開催される高等学校教育課程講習会に参加するため両手に合計約七キログラムのバッグを持ち約五〇〇メートル歩いて越前花堂疫(ママ)に赴き、午前九時五〇分ころ同駅階段を上り詰めた辺りで本件発症に至ったものであること、控訴人は本件発症前は普通の健康体であり、職場の定期健康診断において血圧や検尿等で異常が指摘されることはなく、酒やたばこをたしなまず、健康に悪影響を及ぼすような嗜好がなかったこと、ストレス、過労、疲労の蓄積やストレスに伴う交感神経系の刺激が脳動脈壁の脆弱化を促進する因子であり、これらによるもやもや血管壁の脆弱化がもやもや血管破綻の原因の一つになりうるものであること、本件においてはもやもや血管自体の構造的脆弱性以外にもやもや病の増悪要因が見あたらず、右の構造的脆弱性もそれ自体以外の要因なしに本件発症を生じさせたとまでは考えがたいことなどが認められ、これらの諸事情を総合考慮すれば、控訴人が本件発症前に従事した公務は控訴人のもやもや病をその自然の経過を超えて増悪させるほど過重な精神的、身体的負荷を伴うものであったとみるのが相当であって、右公務が控訴人のもやもや病をその自然の経過を超えて増悪させ、本件発症に至ったものと見るのが相当である。
 四 以上のとおりであり、控訴人の本件脳内出血・脳室内出血の発症は、右発症前に控訴人の従事していた公務に起因して生じたものであり、その間に相当因果関係があると認めるのが相当である。