全 情 報

ID番号 07608
事件名 未払賃金請求上告事件
いわゆる事件名 函館信用金庫事件
争点
事案概要  信用金庫Yの従組(組合員数一〇〇人、なお三〇人の労組もあった)の組合員であったXら七名が、週労働時間四〇時間制に向けての労基法改正とともに、それ以前から段階的になされていた完全週休二日制の導入に向けて土曜日を休日とする信用金庫法施行令の改正(昭和五八年は第二土曜、昭和六一年には第三土曜、昭和六三年には全土曜日を休日とする旨の改正)を受けて、従組との合意もしくは話合いなくして、旧就業規則に基づき第二及び第三土曜日を休日にしていたが、その後、完全週休二日制導入に際し、平日の所定労働時間を一日二五分(始業時間五分早まり、終業時間が二〇分遅くなって、午前八時四五分から午後五時二〇分まで、所定労働時間は一日七時間三五分、週三七時間五五分)延長する旨の就業規則変更の提案がなされ、Yと従組との間で団体交渉がなされたが話合いがつかず、従組の同意なくして就業規則の変更が実施されたことから、新就業規則は変更手続等において適正を欠き、労働条件を不利益に変更するもので無効であるとして、午後五時以降の勤務につき支払われていた時間外手当との差額(午後五時から五時二〇分までの時間帯が所定労働時間に組み込まれることによって支払われなくなった右時間帯にかかる割増賃金分)を未払賃金として請求したケースの上告審で、一審はXらの請求を棄却し、原審は本件就業規則の変更の効力を否定してXらの控訴を認容していたが、本件就業規則の変更が労働条件の不利益変更であるとしたうえで、変更前後で所定労働時間に大きな差がなく、また休日が増加すること、変更前と同一の時間外勤務がなされることを前提とする時間外勤務手当の減少は合理的根拠がないことから、全体的にみれば実質的不利益は必ずしも大きくないとし、Yとしては、完全週休二日制の実施に伴い平日の労働時間を画一的に延長する必要があり、変更後の内容も相当性があるということができるとして、従組の強い反対、協議が不十分であったことを考慮してもなお、本件就業規則変更は右不利益をXらに法的に受忍させることもやむを得ない程度の必要性のある合理的内容のものであると認めるのが相当であるとして、Yらの上告が認容された事例。
参照法条 労働基準法89条1項1号
労働基準法93条
体系項目 就業規則(民事) / 就業規則の一方的不利益変更 / 労働時間・休日
裁判年月日 2000年9月22日
裁判所名 最高二小
裁判形式 判決
事件番号 平成9年 (オ) 2197 
裁判結果 破棄自判、一部棄却(確定)
出典 裁判所時報1276号2頁/労働判例788号17頁/労経速報1747号24頁
審級関係 控訴審/06977/札幌高/平 9. 9. 4/平成7年(ネ)13号
評釈論文 佐藤博文・労働法律旬報1492号21~24頁2000年11月25日/山本吉人・労働判例788号6~16頁2000年11月1日/小西國友・季刊労働法195号34~53頁2001年3月/倉地康孝・季刊労働法195号10~33頁2001年3月/辻村昌昭・法律時報73巻7号143~147頁2001年6月/唐津博・労働法律旬報1505号4~15頁2001年6月10日
判決理由 〔就業規則-就業規則の一方的不利益変更-労働時間〕
 1 本件就業規則変更により、被上告人らにとっては、平日の所定労働時間が二五分間延長されることとなったのであるから、本件就業規則変更が被上告人らの労働条件を不利益に変更する部分を含むことは、明らかである。また、労働時間が賃金と並んで重要な労働条件であることは、いうまでもないところである。
 2 そこで、まず、変更による実質的な不利益の程度について検討すると、二五分間の労働時間の延長は、それだけをみれば、不利益は小さなものとはいえない。しかしながら、本件就業規則変更前の被上告人らの所定労働時間は、第三土曜日を休日扱いとしていた実際の運用を前提に計算しても、第一、第四及び第五週が四〇時間、第二及び第三週が三五時間五〇分であって、これが、変更後は、一律に週三七時間五五分になるのである。そうすると、年間を通してみれば、変更の前後で、所定労働時間には大きな差がないということができる。
 さらに、本件では、完全週休二日制の実施が本件就業規則変更に関連する労働条件の基本的改善点であり、労働から完全に解放される休日の日数が増加することは、労働者にとって大きな利益である。また、終業時刻が午後五時二〇分とされた本件就業規則変更後においても変更前と同一の時間外勤務がされることを前提とする原審認定の時間外勤務手当の減少は、合理的根拠を欠くものというべきである。したがって、全体的にみれば、被上告人らが本件就業規則変更により被る実質的不利益は、必ずしも大きいものではないというのが相当である。
 3 次に、変更の必要性について検討すると、本件では、金融機関における先行的な週休二日制導入に関する政府の強い方針と施行令の前記改正経過からすると、上告人にとって、完全週休二日制の実施は、早晩避けて通ることができないものであったというべきである。そして、週休二日制の実施に当たり、平日の労働時間を変更せずに土曜日をすべて休日にすれば、一般論として、提供される労働量の総量の減少が考えられ、また、営業活動の縮小やサービスの低下に伴う収益減、平日における時間外勤務の増加等が生ずることは当然である。そこで、経営上は、賃金コストを変更しない限り、土曜日の労働時間の分を他の日の労働時間の延長によって賄うとの措置を採ることは通常考えられるところであり、特に、既に年間所定労働時間が同業者の平均よりも短くなっていた上告人のような企業にとっては、その必要性が大きいものと考えられる。加えて、上告人は、本件就業規則変更の当時、相対的な経営効率が著しく劣位にあり、人件費の抑制に努めていたというのであるから、他の金融機関と競争していくためにも、変更の必要性が高いということができる。
 4 さらに、新就業規則の内容をみると、変更後の一日七時間三五分、週三七時間五五分という所定労働時間は、当時の我が国の水準としては必ずしも長時間ではなく、他と比較して格別見劣りするものではない。そうすると、平日の労働時間の延長をせずに完全週休二日制だけを実施した場合には所定労働時間が週三五時間五〇分になることや上告人の経営状況等も勘案すると、本件就業規則変更については、その内容に社会的な相当性があるということができる。
 5 以上によれば、本件就業規則変更により被上告人らに生ずる不利益は、これを全体的、実質的にみた場合に必ずしも大きいものということはできず、他方、上告人としては、完全週休二日制の実施に伴い平日の労働時間を画一的に延長する必要性があり、変更後の内容も相当性があるということができるので、従組がこれに強く反対していることや上告人と従組との協議が十分なものであったとはいい難いこと等を勘案してもなお、本件就業規則変更は、右不利益を被上告人らに法的に受忍させることもやむを得ない程度の必要性のある合理的内容のものであると認めるのが相当である。
 したがって、本件就業規則変更は、被上告人らに対しても効力を生ずるものというべきである。