全 情 報

ID番号 07764
事件名 遺族補償給付等不支給処分取消請求事件
いわゆる事件名 中央労基署長(電通)事件
争点
事案概要  大手広告代理店電通の従業員で米国子会社に出向し、クリエイテイブ・営業業務を担当後、スペシャルプロジェクト部門に異動したA(当時四八歳)が東京出張中に宿泊先のホテルでくも膜下出血により死亡したため、Aの妻Xが中央労基署長Yに対し、Aの死亡を業務上の事由によるものとして労災保険法に基づき遺族補償給付及び葬祭料の支給申請したが、Yより不支給処分を受けたため、右処分の取消しを請求したケースで、Aの就業状況の詳細は不明な部分が少なくないものの、就労時間は従前から所定労働時間を大きく超え、スペシャルプロジェクト部門に異動後はさらにこの傾向は強まっていたこと、またプロジェクトの成果次第では右部門の閉鎖のおそれがあったことからAは思い詰めた気持ちであったこと等からすれば、本件発症前にAが従事していた業務は、くも膜下出血の基礎疾患である解離性動脈瘤又は紡錘状動脈瘤を自然的経過を超えて増悪させるに足りる程度の過重負荷になったものと認めることができ、またAは高血圧症を有していたがその程度・内容は明らかでないからAの飲酒が高血圧症の促進を通じて本件発症にどの程度寄与したのかの判定は困難であり、仮に飲酒が本件発症にある程度寄与したとしても、営業活動に従事するに当たって飲酒機会が多くなったことから、これを業務に内在する危険と無関係のものと言い切れないなどとして、Aの業務と本件発症との間には相当因果関係があり、本件発症に業務起因性が認められるとして、請求が認容された事例。
参照法条 労働者災害補償保険法7条1項1号
労働者災害補償保険法12条の8第4号
労働基準法施行規則別表1の2第9号
体系項目 労災補償・労災保険 / 業務上・外認定 / 脳・心疾患等
労災補償・労災保険 / 業務上・外認定 / 業務起因性
裁判年月日 2001年5月30日
裁判所名 東京地
裁判形式 判決
事件番号 平成7年 (行ウ) 293 
裁判結果 認容(確定)
出典 労働判例813号42頁
審級関係
評釈論文 望月浩一郎・労働法律旬報1511号17~27頁2001年9月10日
判決理由 〔労災補償・労災保険-業務上・外認定-業務起因性〕
〔労災補償・労災保険-業務上・外認定-脳・心疾患等〕
 労災保険法に基づく保険給付は、労働者の「業務上」の死亡について行われるが(同法7条1項1号)、労働者が業務上死亡したといえるためには、業務と死亡との間に相当因果関係があることが必要である(最高裁第2小法廷昭和51年11月12日判決・判例時報837号34頁参照)。
 前記4(1)の判示内容に照らすと、くも膜下出血は、基礎疾患である動脈瘤ないし血管病変が存在し、これが種々の危険因子の集積によって増悪し、発症に至るものであるが、ある業務に従事していた者の、業務とくも膜下出血の発症との間における相当因果関係を肯定するためには、当該業務が、基礎疾患である動脈瘤ないし血管病変を自然経過を超えて増悪させるに足りる程度の過重負荷になっていたものであることを要し、かつそれで足りるものと解するのが相当である。なぜなら、このような場合には、当該業務に内在する危険が現実化することによってくも膜下出血が発症したものと評価することができるからである。〔中略〕
 以上のようなAの就労状況、東京出張の経過等の事実関係に、くも膜下出血の発生機序等に関する前記認定の事実関係を併せ考えると、Aが本件発症前に従事していた業務は、くも膜下出血の基礎疾患である解離性動脈瘤又は紡錘状動脈瘤を自然経過を超えて増悪させるに足りる程度の過重負荷になったものと認めることができる。〔中略〕
〔労災補償・労災保険-業務上・外認定-脳・心疾患等〕
 被告は、本件発症は、基礎疾患である私病の血管病変等に対して、業務外の長期間にわたる飲酒や喫煙等が悪影響を及ぼしたことによるものと見るのが合理的である旨主張する。
 そこで、被告の主張について考えると、高血圧は、脳出血疾患では決定的な危険因子とされているところ、飲酒は、長期間大量にアルコールを摂取し続けると、高血圧を促進させるとされていること、喫煙は、喫煙者におけるくも膜下出血の発症率が非喫煙者よりも高いという疫学的調査の結果に基づく報告があることから、くも膜下出血の危険因子とされていることは、前記認定のとおりである。
 しかし、本件発症時のAには高血圧が存在していたことは事実であるものの、その程度・内容は明らかではないのであるから、Aの飲酒が高血圧の促進を通じて本件発症にどの程度寄与したのかを判定することは困難といわざるを得ない。加えて、Aは、営業活動に従事するに当たっては飲酒を伴う会食をすることが有益であったため、飲酒する機会が多くなることになったというのであるから、仮に、飲酒が本件発症にある程度は寄与したものとしても、これを、業務に内在する危険と無関係のものとは、必ずしもいい切れないものがある。また、Aの喫煙がくも膜下出血の危険因子とされていることは上記のとおりであるが、それが、本件発症にどの程度寄与したのかを判定することもまた、前記認定の疫学的調査の結果だけでは、いまだ困難といわざるを得ない。
 (3) 以上によれば、Aの業務と本件発症との間には相当因果関係があるものということができる。
 したがって、本件発症には業務起因性が認められるから、本件処分は違法なものとして、取消しを免れない。